第8話 その名前は



夕食後に私はキュステさんにこれからの事を話し、相談する事にした。


「本を読んでみて思ったのは地名などにも全く聞き覚えがないことから、やはり私はこの国の出身ではないのではないかと思いました。あと、これはまだ予想でしかないのですが、私自身……または私の身内は軍人かそれにあたる役職についていたのではないかと思います」


私の話にキュステさんは驚いたような顔をして、理由を尋ねてきた。


「軍関係の説明を読んでいる時だけ、他とは違って、その知識を元々知っているような感覚がしたんです……説明しようとすると難しいのですが、なんだか馴染みがあるような気がして……。だから私は以前軍に関わるような立場か、それに近い所にいたのではないかと思ったのです」


勿論この話は全て嘘だ。でもこうでもしなきゃ軍を目指す理由にはならない。第一女である自分が軍に入る事を目的とするにはそれ相応の理由が必要だ。


「キュステさん、この国では女性が軍に入る事は出来ないと書いてありました。でも、私は軍に入りたいと考えています。軍に入れば何か思い出せそうな気がするんです」


キュステさんは私の話に難しそうな顔をして暫く何かを思案したかと思うと、口を開いた。


「……レイが私の所に来たのは、何か運命なのかもしれないねぇ」


そう言ってキュステさんは小さく笑った。意味が解らず、頭を傾げる私を見てキュステさんは続けて話し出した。


「私は今でこそこんな海辺の小さな家に住んでいるけど、私の実家は軍人一家で、私が結婚していた旦那も軍人だったんだよ。……旦那が戦死してしまってからは嫁ぎ先の家には居づらくて、本家に戻っても出戻りになような形になってしまうのが嫌でこんな海辺で気ままな一人暮らしをしているのだけれどね」


その話を聞いて驚いた。でも、考えてみれば不思議な事ではない。ソリタニアは軍事大国。だったら一般家庭の中でも軍人になる人はかなり多いのではなかろうか。


「一人暮らしをしているけれど、本家や嫁ぎ先の家の人と仲が悪いわけではないんだ。寧ろ仲がいいと言えるだろう。世話になるのが嫌で家を出たようなもので、今でも戻ってこないかと言われているくらいなんだ。だから、どちらかの家に頼めば軍に入る為の協力はしてくれると思う。だからその辺りの心配はいらないよ。でもーー」


そこで言葉を区切り、キュステさんは私をとても心配そうな眼差しで見つめた。


「どうしても軍人を目指すなら、女である事を隠し通さなくちゃいけないよ。バレたら唯では済まないし、下手したら牢獄行きだ。それでもレイは、軍人を目指すのかい?」


キュステさんの表情や言葉からは私の事を本当に心配してくれているんだという思いが痛い程伝わってきた。

本当に、優しい人だ。あの兵士達と同じ人間だとはとてもじゃないが思えない。

でも、瞼を閉じればすぐに母が殺された時の光景が、父が息を引き取った時の表情が思い浮かぶ。もう、覚悟は決まってる。今更、引き返すつもりもない。だから、


「はい。もう覚悟は決まってます」


じゃあ、頑張らないといけないね、と言ってキュステさんは困った様に、仕方なさそうな顔で笑った。

でも一つだけ疑問がある。私とキュステさんは昨日会ったばかりで、しかも私は看病してもらったりと助けて貰ったり迷惑をかけてばかりだ。なのにどうして、


「キュステさんは、どうして出会ったばかりの私に、こんなに親切にして下さるのですか?」


私の質問に、キュステさんは少し悲しそうな顔をして、笑った。


「レイが私にとって大切な子にとても似ているから、なんだか放っておけないんだ」


「大切な子……ですか?」


キュステさんは頷いて話し出した。


「昔ね、甥が海で溺れて死にそうになっていた所を助けてくれた人魚がいたんだ。甥の母は私の姉なんだが、出産と同時に亡くなってしまって……甥は私にとっては息子同然の存在なんだよ。その人魚と甥はすぐ仲良くなってね、私にとっては甥と同じようにその子も娘のように大切な存在だったんだ。ソリタニアが海域を無理やり広げ初めてからは人魚と人間の関係が悪化してもう何年も前に会えなくなってしまったんだけれどね」


そう言うとキュステさんは私の頬に優しく手を添えた。


「実を言うと、レイが浜に流れ着いた前日にこの国は人魚を裏切って彼等の国を襲ったんだ。私も甥もそれが悲しくて、悔しくてねぇ……だからレイを見た時は驚いたよ。その人魚にそっくりだったから」


長い綺麗な金髪に、晴れた海を写したような瞳の色。まるであの時の人魚が会いに来てくれたような気がしたとキュステさんは微笑んだ。


「まぁ、そんな筈ないと解ってはいたけれどね。きっと人魚達は私達人間を恨んでいるだろう。彼女が無事かどうかもわからない。でも、罪悪感で気が滅入ってる時にレイが来てくれたことで気が紛れた。だから私はレイには感謝しているんだよ。……レイに何かしてあげたくなってしまうのは、彼女に似ているからなのかもしれないねぇ。だからこれは親切とかじゃなくて自己満足なんだ。彼女の代わりにしているみたいでレイには本当に申し訳ないけど……」


どうか拒ますに受け入れて欲しいとキュステさんはそう言って頭を下げた。


「あ、頭を上げてください!!」


頭が混乱している。気のせいか、眩暈を感じる。そんな。まさか。

でも、彼女の話を聞いて、私はもうほとんど確信していた。


「あの……その人魚の名前って、わかりますか……?」


「ん?名前……、ああ、そう言えば名前もアンタと似ているね」



レイアって言うんだよ。



キュステさんは目を優しく細めて、とても大切そうにその名前を紡いだ。




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