第7話 基本知識とある覚悟
翌朝眼を覚まして部屋を出てみると朝食の準備がされており、食後にとりあえず自己紹介をする事になった。
「私はキュステ・アルフォンドだ。この海辺の側の小さな家で一人暮らしをしているよ。昔は甥と一緒に暮らしていたんだが、今は軍に所属していてもっぱら帰ってこないから、気にしないで過ごしてくれて構わないからね」
「ありがとうございます。あの、それで私の記憶の事なのですが……」
レイアはレイと名乗り、自分の名前以外殆ど何も覚えていない事を話した。そして、この国について基本的な事を教えてほしい旨と、お世話になる間は私にも何か仕事を与えて欲しいと伝えた。
「やっぱり完全な記憶喪失かい……。だったら簡単な事は説明するけど、あとはこの辺りの本を読んだ方が早いかもしれないね」
そう言ってキュステさんは壁の一番上の棚を指した。
「子供向けだけどこの国の一般常識や歴史について書かれている。とりあえず今日一日は本を読みながらゆっくりするといい。目が覚めたばかりなんだし、まだ動き回らない方がいいだろう。それに読んでいる間に何か思い出すかもしれないしね」
気にせずゆっくりしなさいと笑いかけ、なんだか子供が一人増えたみたいだと言って頭を撫でてくれた。……思わず母の事を思い出し、涙が出そうになったが、何とか堪える。
どんなに優しそうに見えても、目の前にいるのは人間だ。気を抜くことは出来ない。
レイアは人間しかいない国に来たのだと気を引き締めた。
(周りは敵だらけだ。これからは気を張って生きていかないと……)
ソリタニア王国は他国に行くのにも船で一週間ほどかかる殆ど孤立している完全な島国だ。
しかしその国土はかなり大きく、高くそびえた王城を中心にとてつもない規模の城下町があり、国土が広がっている。
他国と国交は行っているが、大きな国土から、農業も商業も盛んで、食物、衣類、立ち並ぶ商家の数から衣食住にはこの国だけで充分事足りている。
そして厄介なのは島国でもあるに関わらず発展している軍事力だ。
この世界には魔法が存在する。そのため、一般的には魔法で戦うこの世界の中で、ソリタニア国は魔法以外の武器を開発、研究する事で世界に誇ることの出来る軍事国家として名を馳せている。
そして皮肉な事に周りを海に囲まれていることから漁業も年々発展している。
そう、アクティニア国がここまで追い込まれたのはこれだけ恵まれた国であるにも関わらず、果てることのない欲望から漁業を更に伸ばしたいと考えた人間が年々漁業を行う海域を広げ、魚を乱獲し続けたからだ。
アクティニア国が滅亡した今、この国の漁業は更に発展していくのだろう。
そしてこの国では人間の身分は大まかに下のように分かれている。
王族、貴族、騎士、兵士、一般市民だ。
さらに分類すると貴族の中でも大臣とか公爵家とか、一般市民の中では商家とか色々あるが、この辺はキリがないので割合させてもらう。
問題は、王族に近づく事が可能な身分についてだ。一般市民の中で王族に近づく事が可能ななのは余程の大商家か、あとは軍人となり兵士から騎士を目指すしかない。
だったら、道は一つしかない。私の目的は王を殺すことだ。だったら武術や剣技は身に付けるに越したことは無い。身分無き今、騎士を目指して一兵士として軍に入るしかないだろう。だが、ここで問題が一つ。今更だが、やはり軍に入る事が可能なのは男のみのようだ。
(王族なら召使いとかあるだろうから、その辺りを狙っていたけれど、そこは貴族の中で代々使える家が決まってるようだし……)
あとは下働きだが、厳重な警備のせいで王族が住まう区画とはきっちり分けられていて、近づく事はほぼ不可能ときたもんだ。
だったら、召使い以外には騎士から側仕えを兼任するような役職も多々あるようだし、やはり軍に入るしかないだろう。かなりの年数が必要となりそうだが、そこは仕方ない。元々数年はかかると見越して覚悟を決めたのだ。
問題は軍に入るためにはある程度の知識と魔力、剣技が必要な点だ。
魔法力は全く問題ない。人魚の王族であった私は水に関してはおそらく今現在この国でトップクラスに入る魔法力を誇っているはず……そこまで考えて、一つの可能性に行き着き、慌てて調べてみる。
(やっぱり……)
人魚は全員、水属性の魔力に関しては人間よりずっと強い能力を持っている。
王族の血を持つ私は水属性以外にも火・風・土・光の属性全てを持っているが、水に比べてしまうと威力は微々たる物だし、殆ど使いこなせていない。そもそも海の中ではそもそも使う必要もない。せいぜい風で波を操ったり、偶に光属性を使って傷を癒すくらいだ。しかし魔力量は代々の王家の中でもトップクラスの量を持っていると母に言われたことがある。
人間の魔力は火・水・風・土・光・闇に分類されるようだ。闇属性というものは今まで聞いたこともなかったから、おそらく人魚にはない属性なのだろう。そして人間にとっては水・光・闇の属性がかなり希少なようだ。
重要なのはその下の記述で、私は自分の予想が正解である事を確信した。
光や闇に比べて水属性を持っている人間はさらに少ない。何故なら水の魔力を持つものは少なからず全員、人魚の血を引いているという条件が必要であるからだ。
古代の人魚の血を濃く受け継いでいる場合、先祖返りということもあるらしいが、その場合は水の魔力があるといっても中の下のレベルだろう。
「どうしたもんかなぁ……」
初っ端から問題だらけだと、私は溜息をついた。
とりあえず気分を変えようと歴史書の様なものを読んでみたが途中でやめた。
歴史書は国の発展以外は殆ど人魚と人間の関わりについて書かれていた。
昔からこの国は人魚と良好な関係を築いてきたが、近年はその関係に変化がどうのと書かれていたが、馬鹿らしい。
良好であった関係を崩したのも、裏切ったのも人間達だ。彼等の自分勝手な都合や欲望で、つい先日この国は完全に人魚という生き物を切り捨てたのだ。
そう思うと、一刻も早く軍に入るための準備をするべきだと思えた。
だったらもう、仕方ないだろう。
そうして私は女である事を隠し、軍に入る覚悟を決めた。
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