第4話 破られた約束



「これは一体、どういうことですか……!?」


それは突然のことだった。会談は途中までは滞りなく行われた。

しかし、セイラががここ最近のソリタニア国の領土拡大について話し合いたい旨を伝えた瞬間、事態は一変した。

何十人もの人間の兵士が会談の行われている部屋へ侵入してくると同時にアクティニア国の者達を取り押さえたのだ。

セイラやレイアは勿論、宰相のダルヤも護衛のバハルもあまりの人数の多さに抵抗出来ずにいた。


セイラの言葉に、人間側の宰相が冷たく笑いながら答えた。


「いや何、我々もこんなことはしたくなかったのですがね、王がいい加減痺れを切らしてしまったのですよ。毎回毎回、少しずつしか領土拡大を望めない現状に」


「少しずつも何も、アクティニア国は限界までソリタニア国の領土拡大を容認して来ました。このままでは、ソリタニア国の領土はアクティニア国の領土を侵してしまいます!」


「……解りませんか? 我々ソリタニアは、それを望んでいるのですよ」


「何を……」


何を言っているのか。それはつまり、アクティニア王国を侵略するということだ。

一人の兵士が剣を抜いた。冗談などではないと気づいたセイラはすぐ様叫んだ。


「バハル! ダルヤ! レイアを連れて逃げて!! 早く!!」


「お母様!?」


「レイア、お父様にこの事態を早く伝えて! 国が危ないと!」


いち早く拘束を抜けたバハルがレイアの拘束をとき、周りの兵士を切り伏せる。ダルヤもそれに続き、離れた場所にいるセイラの元へ向かおうとする。しかしー、


「レイア、アクティニアを守って……!」


瞬間、赤が舞った。レイアは目の前で何が起こったかわからなかった。



人間の兵士の剣が母を貫いたのだ。赤いそれが血飛沫だと気付いた時には、バハルに担がれて部屋から出て走っていた。


「バハル離して……!! お母様が……っ! お母様が!!」


バハルは暴れるレイアを押さえつけ、廊下をひた走る。


「しっかりして下さい! セイラ様の言葉をお忘れですか!?」


ハッとレイアは動きを止める。


「生きて城へ戻ってセイラ様の言葉をラウト王にお伝えする事が姫様の役割です! セイラ様の最後のお言葉を、願いを守ってあげて下さい!!」


「最後の、言葉……?」


何を言っているのかわからない。いや、本当はもう、わかっている。自分の服にもついている血が、母が死んだ事を証明している。


「いや……嫌よ……何で、お母様が……! どうして!! 何も悪い事をしていないじゃない!!」


混乱するレイアをダルヤは必死に説得する。


「レイア様! お願いします。王の元へ向かってください。会談室に残ったバハル様が兵を食い止めていますが、そう持たないでしょう。俺はここで兵を食い止めます」


いつの間にか長い廊下を抜け、甲板まで来ていた。


「何言ってるの! ダルヤも一緒に……!」


「俺は、ここに残ります。国を、アクティニア王国をお願いします。レイア姫」


人間の兵士が追い付き、ダルヤが剣を構える。早く! と叫び、ダルヤが血を流しながらも戦う姿を最後に、レイアは甲板から身を投げ出し、海へと飛び込んだ。





ーーー



レイアは必死に王城へと潜っていく。


海に入ってしまえば、人魚に追いつける生き物など存在しない。

今までにない速さで王城にたどり着くも心ばかりが逸る。

セイラが殺された時の映像が繰り返し頭に流れる。


(人間達は……笑っていた……)


母に剣を突き刺した兵士の、宰相の、冷たい目。

変だと、思っては居たのだ。国同士の会談だと言うのに、催事の場には居たソリタニア国の王族が会談の場には誰一人として居なかった。


(あの時点で、私が気付いてさえいれは……!!)


やっとの思いで、王の謁見室である大広間に辿り着く。


「レイア!? どうしたんだ!? その姿は……!?」


ノックもなしに勢いよく飛び込んで来た娘の姿にラウトは驚く。


レイアは息を切らし、ドレスは血に汚れ、髪は乱れていた。

明らかに異常である。


大広間にいた人魚達も何事だとざわめきが広がる。


ラウトは慌てて立ち上がり駆け寄るも、冷静をたもとうと口を開く。


「セイラは……、他の者達はどうした?」


「お母様は……」


レイアは涙を零す。

母の最後の言葉が脳裏を過ぎる。

国を守ると約束した。歯を食いしばり、口を開く。


「セイラ王妃は、人間に殺されました」


周りにいた人魚達に動揺が走る。

さらにざわめく広間の中で、レイア息を吸込み、大きな声で伝えた。


「人間は、ソリタニア国は我々を裏切りました。領土を我がアクティニア王国まで広げようと、母の話を聞かずに手を汚したのです。ダルヤ宰相とバハルは私を逃がすために船上に残りましたが、恐らく、無事ではないでしょう……」


レイアは肩を震わせながらも、拳をぎゅっと握った。


「これは……戦争です!! ……あの様子では人間達がここを攻め込むのも時間の問題でしょう」


レイアがそう言うと同時に酷い爆発音がした。

ラウトがすぐ様指示を出す。


「女と子供はすぐに国を出て遠くへ逃げろ! 戦える者達はすぐに武装して武器を持て! 人間共を海へ引きずり込め! 海上にいる人間は水魔法で息を止めるんだ!」


慌てて大広間にいた人魚達は方々へと姿を消した。

ラウトはレイアを強く抱き締めた。


「よく、よく頑張った。よくここまで戻ってきてくれた……!」


レイアは父の温もりを感じて漸く大声で泣く事ができた。だが、そうしていられる時間も長くはない。


「お父様、お母様は……、国を、アクティニア王国を守ってと言っていました……ごめんなさい、私、お母様が目の前で殺されたのに、何も……! 何も出来なかった……!!!」


ラウトは娘をさらに強く抱きしめ、そしてその涙を零す瞳を見詰めて口を開いた。


「お前だけでも、よく戻ってきてくれた。……レイア、良く聞きなさい。お前はここを出て、皆を連れて遠くへ逃げるんだ」


「嫌……! 嫌よ……!! 私だけ逃げるだなんて……! 私も戦います! お母様と国を守ると、約束したもの……!」


「レイアッ!!!」


今まで聞いたことの無いよう大きな父の声にレイアは肩を震わせた。


「レイア、戦う事だけが、国を守る事じゃない。……国とはどうやって成り立つものだ?」


父の言葉に今まで何度も教えられてきた事が脳裏を過ぎる。王族の勤め、存在意義。国のあり方。その成り立ち。大切なことを自分は沢山教わってきた。


「国を成り立たせるのは領土でもお金でもない……国は、国民がいて、初めて成り立つもの……」


「そうだ」


よく答えれらたと、褒めるように父の手が頭を撫でる。


「レイア、お前は、国民を守りなさい。皆を連れて直ぐにこの国を出て逃げるんだ」


「お父様は……? お父様も、一緒に……!」


ラウトは優しく微笑む。


「国を守るのが、王の勤めだ。私は兵達と共に戦う。……何、粗方勝負がついたら直ぐに後を追う。どの道この奇襲じゃまともな戦いは望めない。だから安心して、先に向かっていなさい」


そうだ。今も船から放たれているのであろう、砲撃の音が鳴り響いている。この国は、どの道もう助からない。


「結果が見えているのに、戦うのですか……?」


だったら逃げるべきだとレイアは言う。


「そうだな。それも一つの賢い選択肢だろう。でもな、レイア、……私は愛する妻の死に目にも、あえなかった」


だからせめて、一矢報いてやるのだ。と笑った父を引き止める言葉を、レイアは持たなかった。


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