第3話 船上にて



「わあ~! 見て見てお母さま! この花束! とても綺麗!!」


ここは船上の一等客室。

祭事の開会式を終え、午後からの会談まで二人の控室として与えられた部屋だ。

久しぶりの陸でしか見られない品々にレイアは浮かれっぱなしで、式典の間もそわそわと落ち着かずに辺りをキョロキョロとみていた。

そして今は客室の中を動き回っている様子をみて、セイラは思わず笑ってしまった。

ここ数年、人間側の動きを警戒してアクティニア国は人魚達に陸へ近づく事を禁止していた。

小さい頃はいつも浜辺付近で遊んでいたレイアは久しぶりの陸の上でしかみられないものに夢中だ。

それにしても、とセイラは動き回るレイアの足を見遣る。数年ぶりに尾ひれを足に変化させたというのにレイアはごく自然に足を扱ってみせた。

普通は数年ぶりともなると、立って歩くという行為に最初は違和感を感じるはずなのにレイアはそんな様子をみせなかった。


(そういえば、レイアは初めて尾ひれを足へと転身させるのもとてもはやかったわ)


恐らく天性のものなのだろう。歴代の王家の血筋を色濃く受け継いだであろう娘は幼い頃は毎日のように浜辺へ遊びに行ってはその日みた海ではみれないものについて目をキラキラとさせながら話してきかせてくれていた。

しかし人間との外交の要求悪化に危険を感じてからは陸に行くことが禁止され、この子にはきっとつらい思いをさせてしまっただろうと悲しくなった。


「ごめんね、レイア」


「母様?」


不思議そうにこちらをむいた娘を見つめてセイラは決意を新たにした。


「今日の会談が上手くいけばきっとまた自由に陸へ行くことができるようになるわ」


「お母様……」


本当はそう簡単には行かないだろう。

ここ数年何度話し合ってもソリタニア国はこちらに要求するばかりで、こちらの話には殆ど耳を貸してくれない。先王サムドの足は人間達の態度に比例するかのように悪くなっていった。このままではいつか自分もーー、


「お母様」


凛とした声にハッと顔を上げると娘の蒼い瞳が強い光を宿してこちらをみていた。


「私は今のままでも、十分幸せよ。お父様とお母様、優しいお爺様や叔父様、皆と海で安心して暮らせてる。そりゃあ陸が恋しくないと言えば嘘になるけれど……。でも私はお母様やお父様に悲しい顔をさせるくらいなら、このまま海の中で穏やかに皆と笑って過ごしていたい」


「レイア……」


いつの間に、こんな大人びた顔をするようになったのだろう。

表面上はいつも明るく楽しそうに過ごしていたけれど、聡いこの子はきっと父や母の様子から色んな事に気づいていて、それでも知らないふりをしていたのだ。


「私だってもう十六歳よ? 成人したからにはアクティニア国を守る覚悟はできてる。だからお母様。一人で戦おうとしないで」


母を安心させようと微笑むレイアはもう十分大人に見えた。まだまだ甘えん坊で王城から出掛けてすぐ姿を消しては両親を心配させる娘は幼いようにみせて、内面はこんなにも成長していた。


「ええ……、ありがとう。レイア」


そうして会談の時は近づいていく。



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