人間魚雷――孤独な、ある単車乗りの死
刈田狼藉
第1話:どうしてこんな文章を書こうと思ったんだろう?
もう止めよう。
意味なんかない。
どうしてこんな文章を書こうと思ったんだろう?
ため息を吐きながら、オレは500ミリ缶のビールを片手で持ち、人差し指でプルタブを起こす。結果、軽い破裂音ともに、甘い匂いの泡が噴きこぼれ、オレの右手を濡らす。
やれやれ。
その手を寝間着代わりのスウェットのズボンで雑に拭うと、缶をつまみ上げ、飲み口に吸い付き、一口だけ啜る。――
マズイ。
これが3本目だ。
そしてオレは酔った眼で、今、このパソコンの画面を睨んでるってワケだ。
******
オレは「人間魚雷」を直接知る、数少ない人間の一人だ。
人間魚雷――太平洋戦争末期の特攻人間兵器、のことではもちろん無い。
一時「伝説」とか言われて持て囃された、あの「峠の走り屋」のことだ。伝説の単車乗り、もう昔のことだ。
人間魚雷――俺と同世代の、所謂「レーサーレプリカ」世代の単車乗りなら、一度くらいはその名を聴いたことがあるのではないだろうか。
1990年代初頭、――箱根、丹沢、湯河原を中心とする深夜の峠道に出没した単車乗りで、凄まじいその走りから、事故死した走り屋の亡霊だ、と言われたり、或いは存在そのものが疑わしい、都市伝説だ、なんて意見もあったほどだ。
マシンは、ヤマハRZ250初期型。
エンジンは換装されていた模様、YPVS装備。
排気はYUZOのクロスチャンバー。
サイドカウルにマジック手書きで――GOD SPEEDの文字。
クシタニの黒のライディングジャケット。
黒のデニムパンツとライディングシューズ。
背丈があり、痩せていて、手足も長く、悪魔めいたシルエット。
眼には大きなゴーグルを当て、
そして、――
ヘルメットは着けていない。
あれから二十八年、すでに忘却の彼方に埋没した、この伝説の「カミカゼライダー」の正体を、その真実の姿を、五十代に差し掛かり初老を迎えた今、何故だか書き残して置きたい、そう思った。
今までも何度か、そう思ったことがあった。
最初は二十九歳の時だった。微妙な年頃だ、笑っちゃうけど。
次に四十歳になった時。これまた微妙な年頃だ。
そして五十歳になった時。そう、今だ。
成人を前に、少年期の終焉を前に、十九歳の若者が思い惑うように、大人やおっさんだって、思い悩んだり、ナーバスになったり、過ぎ去った「何か」を「総括」してから先に進みたい、……そんな気持ちになったりするのだ。
今回、十年の時を経て、今までと一番違ったのは、「カクヨム」という小説投稿サイトを見付けたことだ。こんな便利でワクワクする、素晴らしい作文・発表の場があるなんて、驚きだった。まさに巨大な「文芸部」、楽しすぎる。そしてオレは、そのワクワクする胸の高鳴りのままに、仕舞い込んであった古い雑誌を引っ張り出し、それだけでは気が済まず、さらに主要な関係者に取材までして、その伝説の正体を浮き彫りにするべく、準備を進めていた訳ではある。
しかしもう、どうでもよくなった。どうしてどうでもよくなったのかは、後で書く。まあ、気が向いたら、だけど。
今回も、「人間魚雷」についての精緻なノンフィクションは、失われた青春の物語は、結局のところ、書けず仕舞いで終わりそうだ。もう、書く機会なんて、永遠に無いかも知れない。でも、それでいい。今はただ、このガブ飲みしたビールがもたらした、雑駁で乱暴な酔いに任せて、このまま酔い潰れるまで、思い付くことを、思い付いた順に、ただだらだらと、語りたい。
失われた青春よ、自由よ、そして孤独よ、……
ああやっぱりだいぶ酔ってるな、
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