最終楽章
俺のハーモニカに合わせるように、小声で誰かが歌い出した。
実にいい声である。
どうやら俺の後ろにいた、防空頭巾の少女、学生服の少年、それに女の子が歌っているのだ。
半分いきり立っていた軍人達も、肩を落として聞き入っている。
一曲吹き終わると、静寂。
しかし、突然、拍手が起こった。
三人の少女と少年も、そしていかめしい軍人たちも、手を叩いている。
腕を組んだまま俯いていたのは、曹長殿ただ一人だけだった。
俺は唇を濡らし、次の曲を奏でた。
”梅と兵隊”である。
元々軍歌の類は格別好きだという訳ではないのだが、これは別だ。
あの哀調を帯びたメロディがいい。
ところどころつっかえた。
無理もない。
ガキの頃、爺さんがかけていたアナログレコードのメロディをうろ覚えに覚えていただけだからな。
今度は軍人三人組も嗚咽し始めた。
あの鉄仮面みたいな小山田曹長迄、涙をこぼしているのだ。
曲が終わり、俺がハーモニカを口から離す。
拍手は起こらない。
全員、涙を流し、声を出して泣いている。
軍人三人組は、声を殺してどころか、辺りを
泣き声は暫く続いた。
と、いきなり小山田曹長が立ち上がった。
ほとんど同時に、遠山・浅田両伍長も小銃を持って立ち上がる。
『有難う』、
曹長は踵を揃え、背筋を伸ばし、俺に向かって敬礼をする。
遠山・浅田両伍長も、捧げ銃をしている。
俺はコートの、別のポケットから、自衛隊時代に使っていた戦闘帽を取り出し、彼等の敬礼に応えた。
三人の姿が、ゆっくりと
『小父ちゃん』
後ろで声がする。
振り返るとあの三人が笑顔を浮かべ、俺に向かって軽く頭を下げ、やはり軍人達と同じように薄くなり、消えて行った。
気が付くと、ガラス窓の向こうから薄日が畳の上に差している。
俺は畳の上に座りなおすと、残っていたウィスキーを飲み干し、大きくため息をついた。
『
部屋を片付け、鍵を閉めて外に出ると、茶色のトレーナーにジーンズ姿の吉田某君が、間延びした顔と声で俺に話しかけてきた。
『話をつけたんだよ。幽霊達とさ』
『え?』
『だから、ここはもう”事故物件”じゃなくなるんだ。気の毒だが、どこか他所を探したほうがいいぜ。』
ぽかんとしている吉田君を尻目に、俺は口笛で”梅と兵隊”を奏でながら帰り道を急いだ。
俺にとっての”禿山の一夜”は、かくして終わった。
あれから?
ああ、俺は不動産屋の高木のおっさんの元に出向き、事の顛末を話して聞かせた。
ただ、俺がいたあの『5号室』の床、畳の下から二枚の写真、若い女性、学生服の少年、幼い少女が写ったものと、軍服姿の三人の軍人が写ったものが見つかったことは内緒にしておいた。
後で調べてみると、確かに当時の東京市の憲兵隊に小山田という名の曹長と、遠山・浅田という名の伍長がいたことは判明したものの、あの三人の子供が誰だったかは、未だに分からないままである。
俺はその写真を、それぞれ九段と千鳥ヶ淵に届けてきた。
柄にもなく、殊勝な気分になったもんだ。
終り
*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。
ハゲヤマ荘の一夜 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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