第四楽章

『まあ、そういつまでもかしこまってないで座れよ』


 俺がそういうと、まず小山田曹長が戦闘帽を脱ぎ、軍刀を腰から外して畳の上に胡坐をかく。


 次いで、遠山、浅田の両伍長が構えていた三八式を置いてそれにならった。


 え?

 

(なんでこんな畏き御紋の入った品物なんか持ってるんだ)って?


 俺を誰だと思ってるんだ。


 プロの私立探偵だぜ。


 この位の”道具”を手に入れる伝手ツテなんか、幾らでもあるさ。


 俺は煙草を渡し、ジッポーで火を点けてやる。


 流石に御紋章とやらの効力はあるもんだ。


 魂のない幽霊でも、煙草を咥え、そして有難そうに煙を吐く。


 続けて俺は銀色の、これまた”御紋”の入ったグラスに酒を注いで、奴らの前に置いてやった。


 三人はそれを何の疑いもなく、片手で押し頂くようにして口に運ぶ。


 俺は手探りでバッグを取り、後ろにいた防空頭巾の三人・・・少女と、学生服の少年、そして小さな女の子のためにクラッカーを出してやり、食べるように勧める。


 相変わらず一言も喋らず、三人はクラッカーを摘み、口へと運んだ。


 食べ物を口に運んだのは、本当に久しぶりと言った感じで、無表情だった顔が、前よりも一層緩ゆるんできたようだ。


『貴様、本当に怖くないのか?』

 酒と煙草を交互にやりながらも、小山田憲兵曹長は相変わらず疑い深そうな響きが感じられる。


『怖い?何を怖がる必要がある?』


『我々の正体が何だか知っているのだろう?』

『幽霊が怖くて私立探偵このかぎょうでメシは喰えんさ』


 俺はにやりと笑い、箱の中から煙草を摘んで火を点けた。


 煙を吸うのは久しぶりだ。

 少し頭がくらっとする。


『知ってるよ。知ってるからこそ、怖くも何ともないのさ。正体が分からなけりゃ、俺だってビビりもするがね。』


『・・・・』


 小山田曹長は酒が入って、少しは饒舌じょうぜつになったようだ。


『今までここに来た連中は、我々を見ただけで恐れおののき、逃げ出したものだ』


『同じことを何度も言わせるなよ。こっちは依頼人おきゃくに頼まれて仕事をしにきたのさ。君たちにあることを頼みにね』


『何を頼みたいんだ?』


 俺は不動産屋の高木から頼まれた委任状を取り出して曹長に手渡した。

 それを読むと、彼は再び声を荒げ、


『ふざけるな!』

 曹長がまっすぐ俺をにらみつける。また少し目が釣り上がった。

『我々はまだ供養も受けていない身だ。そんな身の上だというのに、ここから退!けだと?そんなことは出来ん』

 彼は書類を突き返した。


『だから酒も吞ませたろ?煙草もさ』


『そんなもので誤魔化されるか!』

 曹長の後ろにいた二人の伍長が、同時に声を上げた。

『我々はもう長い間供養もされずにほったらかしにされていたのだ!食い物や飲み物如きで誤魔化されるものか!』

 俺はため息をつき、後ろを振り返った。

 クラッカーをむさぼり喰い、水を飲んでいた三人も、軍人たちに同調するように頷く。


『仕方ないな』

 俺は委任状を畳んで元に戻し、携帯用灰皿に煙草を突っこみ、今度は入れ替わりにハーモニカを取り出した。


 楽器という奴はてんで駄目だが、こいつだけは何とか鳴らせる。


まず”夕焼け小焼け”を奏でた。軍人相手だから、本当なら”海行かば”くらいはやるところだが、生憎俺は知っている曲が少ないときている。



 夜の闇の中に、物悲しいメロディが流れる。

 


 















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