第三楽章

『貴様、何者だ?』


 軍刀を吊った男が、低い声で俺に問いかけた。


 俺は何も言わず、懐からゆっくりホルダーを出し、認可証ライセンスとバッジをかざして見せた。


 向こうはそれが何だか分からなかったらしい。


 仕方がないな。


『俺は私立探偵、名前は乾宗十郎いぬいそうじゅうろうというもんだ。ある人物から依頼を受けてここにやって来た』


 三人(いや、三体というべきかな?しかし俺は幽霊なんてものは信じちゃいないんでね。)は順番に顔を見合わせた。


『探偵?すると警察の手先か?』


警官おまわりは関係ない。俺は金で雇われているだけだよ』


 軍刀を下げた曹長氏は、暫くじっと俺の顔を見ていたが、


『ふん、同じようなものではないか』と、呟くように言うと、


『しかしさっきの礼式はとても探偵風情の態度とは思えんが』


 俺はホルダーをしまい、鼻の頭を掻き、


『あんたらほどじゃないがね。これでも昔陸上自衛隊にいたんだよ。それをやって見せたに過ぎん』


『自衛隊・・・・?アメ公の下請けではないか』と曹長氏は、口の端で笑ってみせた。


『本官は荒川第〇憲兵中隊所属の小山田三郎憲兵曹長。同じく部下の遠山及び浅田の両伍長である。』


 俺は再び畳の上に胡坐をかき、シガレットケースからシナモンスティックを出して口に咥えた。


『貴様、本官らを見て何とも思わんのか?』


『別に』そっぽを向いて俺は答えた。


 すると、俺の目線の先、窓際に別の気配を感じ、良く見るとそこにはやはりぼろぼろになった防空頭巾にモンペ、そして胸に何やら名札のような布切れを縫い付けた若い女と、学生服みたいなものを着た10歳くらいの少年、そしてそれよりももっと小さい、4~5歳くらいの少女が立っていた。


 三人とも泥だらけの顔をし、うつろな表情をしていた。


 俺はバッグの中を探り、ペットボトルを三本取り出すと、黙って畳の上に置く。


『何があったか知らないが、兎に角これをやるよ。喉が渇いているんだろ?』


 三人は表情をまったく変えなかったが、順番にペットボトルを取る。


 しかし、ふたの開け方が分からなかったようだ。


 俺が身振りで教えてやると、その通りにして、中の水を夢中になって飲み始めた。

 

『あんたらにはこっちだ。』俺はそう言って、ペットボトルとは別に銀製のスキットルと、小ぶりの、やはり銀製のグラスと、それからピースを出して目の前に置く。


『酒ぐらいは呑めるだろ?』


 すると、曹長殿が目を吊り上げ、声を荒げた。


『ふ、ふざけるな。仮にも本官らは勤務中だ!酒など・・・・』


『堅い事言うなよ。畏れ多くも大元帥陛下様だってお許しになってるさ。これを良く見てみな』


 大元帥陛下、と俺が言った途端、三人が急に姿勢を正して直立不動になったのがおかしくて仕方がなかった。


 彼らは俺が差し出したピースの箱を見て、


『き、貴様一体何者なんだ?』と又聞いた。


 ピースを入れた箱には、十六重菊の紋章。


 銀色のスキットルとコップにも、やはり浮彫の菊の紋章が入っていたからだ。


 



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