第一楽章
『値段の安さに惹かれて、多少の不便さは我慢するという人が、こんな時代でもいるもんですが・・・・』
そんな人間でも、まず一日目に『妙だ』と思い、
二日目に『何かある』と思い、
三日目に『恐い』となる。
それでも我慢して住み続けるのだが、結局はダメで、とうとう現在では、物好きな売れない小説家が一人住んでいるだけだという。
僧侶にも来てもらった。
霊媒師や霊能者にも来て貰い、何とかしようと試みたが、結局は何の役にも立たなかったという。
除霊しきれない
霊媒師や霊能力者によれば、
『ここの霊は相当に強い怨念を持っている。とても私一人では除霊しきれない』そうで、ほとほと手を焼いた彼は、今度は俺の所に来のだと、額から流れ出る汗をまた拭った。
『坊さんもダメ、霊媒師もお手上げだってのに、何故探偵なんです。私は霊を封じ込めるほど徳も高くありませんし、超常現象や霊現象なんてものとは、とんと縁のない人間なんですがねえ』
俺は興味がないことを分からせるためにそっぽを向き、コーヒーを飲み干し、口の端に咥えたスティックを揺らして見せた。
『いえ、だからこそいいんです。僧侶だの、霊媒師なんて、
『・・・・』
信用されたんだか、馬鹿にされたんだか分からない。
しかしまあ、とりあえず食い扶持くらいにはなるだろう。
何せ『例のウィルス』騒ぎからこっち、とんと仕事が減って往生してたところだからな。
『よろしい。引き受けましょう。まあ、サインもしていただいたことですしね。ところで、そのアパートの名前ですが・・・・』
『”ハゲヤマソウ”』
『え?』
俺は耳はいい方だが、もう一度聞き返した。
『”ハゲヤマソウ”・・・・いえ、正式の名前は・・・・・』
『なるほど”萩山荘”か・・・・』
門の前に立ち、入り口に掛けられた表札の文字を見て、俺は思わず苦笑した。
正式な名前は”
”禿山荘”と呼びならわすようになったのだという。
これから一晩、俺はこのアパートに居座って、”幽霊”諸君と対峙し、連中を追い出さねばならない。
え?
(
馬鹿を言っちゃいけない。
もし相手が亡霊だとか怨霊だとか(そんなものがいたとしての話だが)なら、暴力なんか通用しないし、ましてや鉛玉なんかお呼びでない筈だ。
(ならどうする?)って?
それはこれから考えるさ。
俺は懐に、不動産屋の高木氏から預かった『委任状』がある。
今のところ、役に立つ道具と言えばこれだけだ。
”部屋は全部で十室、塞がっている一つを除いて、後は全部開いていますから、好きに使って貰って構いません”
高木氏はそう言っていた。
どれでもいいからと、彼から鍵束を預かる。
確かにそこには『1』から『10』まで番号の書いた紙が貼り付けてあったが、9号室・・・・二階の左から二番目の部屋だそうだが・・・・の鍵だけはなかった。
先客がいるなら、まずそこを訪ねてみるのが礼儀だろう。
そう思った俺は、二階へと通じる鉄製の階段を上がり、とりあえずその『9号室』に行ってみた。
ドアをノックしてみる。
返答はなかった。
繰り返し二度目。
するとようやく中で人の気配がし、内側からドアが開いた。
『どちら様っすか?』
グレーのスウェット上下を着こんだ、妙に間延びした面構えの男が顔を覗かせた。
俺は
最初は胡散臭そうに俺の話を聞いていた男・・・・名前を吉田(下の名前は忘れた)という小説家志望の男、年齢は自称22歳・・・・は、最後まで聞き終わると、やっと少し愛想のいい笑顔を浮かべ、
『へぇ、私立探偵さんですか。そりゃご苦労様。でもお仕事とはいえ、大変ですね。せいぜい気を付けてください。でも、あくまで僕の個人的な意見だけど、幽霊を追い出すなんて、あまり賛成しないな。』
何でも彼は小説家・・・・それもホラー作家を目指していて、その
『だから僕にとっちゃ、幽霊は飯のタネみたいなものなんでね。それがいなくなっちゃ、小説が書けなくなっちまうんですよ。その辺、察してくださいな』
彼はそう言って、僕はこれから来月に迫ってる新人賞の原稿を書き上げなくちゃならないんでね。といい、幽霊に会いたいんなら、一階の真ん中、5号室なんかいいんじゃないかな。あそこは僕が住み始めてから最も頻繁に住人が代わってるからと教えてくれた。
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