第4話

「誰かいないか!

 誰か王太子殿下を助けよ。

 王太子殿下を助けるのじゃ!」


 ああああ、また知らない設定が発動している。

 こんなところで王太子殿下が暴漢に襲われる話なんて知らない。

 それ以前に、アルテイシアとリリィが一緒に教会に行くこと自体がありえないことなのだ!


 それにしても、王太子殿下の護衛が弱すぎる。

 相手はただの強盗ではないのか?

 王太子殿下の護衛に選ばれるのは、王家に仕える騎士でも屈指の使い手が選ばれるモノだろう。

 よほどシナリオがご都合主義なのか?


「急ぎなさい。

 王太子殿下をお助けするのです」


「分かりました、アルテイシア御嬢様」


 俺と一緒に馬車の中にいる、アルテイシアが毅然と指示している。

 一緒に乗っている侍女二人が顔色を青くしている。

 それも当然だろう。 

 戦う気構えなど一切ないのだから。


 問題はアルテイシアについている護衛の質と数だ。

 王家の、いや、王太子殿下の馬車は八頭立六頭曳の騎馭式だが、公爵令嬢アルテイシアの馬車は六頭立四頭曳の騎馭式だ。

 前衛の二騎の騎士は俺が見てもかなりの腕利きだ。

 四頭の輓馬のうち左の前馬と後馬に御者が乗っているが、彼らも騎士だから十分戦える。

 後衛の二騎の騎士も強盗に負けるような、形だけの騎士ではない。

 馬車自体に乗っている御者台の二人も徒士としては飛び抜けて強い。

 馬車の後ろにある護衛台に立っている徒士も同様に飛び抜けた剣士だ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ギャァァァァアァアァアア!」

「御嬢様に近づけるな!」

「何事ですか!

 暴漢などさっさと殺してしまいなさい!」


 馬車の外は阿鼻叫喚の修羅場となっているようだ。

 馬車の中は慌て騒ぐ侍女のせいで、うるさいことこのうえない。

 暴漢だと思っていたが、鍛え抜かれた刺客だったようだ。

 ヘイグ公爵家の選び抜かれた騎士と徒士が苦戦しているのだから。

 王太子殿下を襲ったのだから、それくらいは考えておくべきだった。


 俺が甘かったのだが、だがそれも仕方ないだろう。

 俺の本質は貴族家の人間なんかじゃない。

 小説家志望のまま無為に年を取ってしまったフリーターなのだ。

 バブルがはじけてしまって、就職したばかりの会社が倒産し、それからはアルバイトを転々と変えながら、三十有余年チマチマと持ち込みと投稿を続けながら、全く芽の出なかった何の取り柄もない凡才なのだ。


「リリィ、聖の魔法で一緒にケガ人を癒しましょう。

 私達が手助けすれば、必ず王太子殿下をお助けできます!」

 

 ああ、アルテイシアは俺なんかとは比べものにならないくらい、勇気があって立派です。

 ゲームか夢だと思っているくせに、怖くて足が震えてしまう俺は、なんて卑小な存在なんだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る