10話 [薔薇の結界]ローズモス
[奴はどこへ行ったぁ!]
たくさんの足音が聞こえている。ここに隠れる事が出来るのも時間の問題、か。
[分かりません。でも確かにあいつはこの路地に入ったんです。僕を信じてください、隊長]
若い男は焦って弁明している。うん、彼は正しい。確かに僕は君の言った通り、路地に入った。でも残念、僕が入ったのはもうひとつ奥なんだ。
[チッ、まぁいい。あのガキはこの街からはどうせ出られねえ。時間をかけて探すぞ。おいお前らぁ、邪魔する奴はバラしてもいい。見つけ次第命令通りにあのクソガキを殺せぇ!じゃねえと俺らがエリザベス姐さんに殺されちまうぞぉ]
そう言うとがっしりとした男は他の男を率いて懸命に探している。
この状況は非常にまずい。いつここにいるのがばれてもおかしくない。なんでこんなことになってしまったのだろうか、僕がこの街に入る時あんな失敗しなければ...
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弓を打ってきた耳の長い女の子から逃げた僕達は竜ギオラに言われた通りに北西へと向かった。ティアは真っ赤になって怒っている。
【ご主人様、いくらご主人様でも急にお姫様抱っこはダメです。いくらご主人様でも許しません。普通、軽々しく会ったばかりの女性に触れてはいけません!私もまだ会って数時間ですよ?だから無しです!!】
でもそっちの方が速いと思っただけなのに... まあ辞めて欲しいのだったら辞めるべきだな。しかもこの魔剣、出会って数時間の僕をご主人様って読んでるんだけど...どっちかっていうとそっちの方が問題じゃないかな?
『分かったよ、ティア。今度からは気を付ける』
【分かってくれれば良いのです!】
そう言うとティアは、当たり前です と言うようにこくこくと頷いていた。
『じゃあティア、人間の街へと向かおうか』
【はい!ご主人様】
そして僕達は北西へと歩いていった。
~ 5時間後 ~
僕がティアにこの世界について質問を繰り返し、この世界のことならだいたい分かるようになった。そしてこの世界での人間の立場を聞こうとしたその時、僕達はついに街を視認する事が出来た。
【ご主人様ぁ!見てください。あれが私たちの目指していた街、ローズモス。また別名、[薔薇の結界]ローズモスです】
すごい。僕は素直に思った。遠くから見ても明らかに厳重そうな門、そして街の周りを囲んでいる壁。しかも城壁の上には精兵と思われる屈強な兵士たちが街を守っているようだ。しかし僕達は魔物に1匹も会わなかったな。運が良かったのか...?
【この2つ名 薔薇の結界、という名前はあるパーティーが由来だそうなのです。そのパーティーの名前は[薔薇の蜜]。しかもそのパーティーメンバー、驚くべき事に全員女の人らしいのです。計4人で行動している彼女らの中の1人、エリザベスという人はなんでも特殊な魔法を使うとか。はたまた薔薇を自由に操れるとか...そしてそんな彼女らがこの街を拠点としているそうなのです、ご主人様。】
パーティー?あ、ティアが歩いていた時に言っていた冒険者?という人々が複数人集まって仲間を作るやつか。ていうか薔薇を操る?...まさか無属性魔法か?アズリエルには確か使える人は少ないと聞いていたのだが、まさかこんなに早く遭遇するとは思っていなかったな。
『つまりそのエリザベスって子は無属性魔法使いって事かな?』
【その通りです、ご主人様!】
そんな事を話していた時、ティアのお腹がおおきな音で鳴った。僕は無言でティアの方をじっと見た。ティアもこっちを恥ずかしそうに見てくる。すると、ティアは指と指の先くっ付けながら言った。
【ご主人様...?あの、その、えっと... すみません、もう一度ご主人様の生命力を拝借しても宜しいでしょうか?】
僕はティアを 本当? というふうに見つめた。するとティアは泣きそうな顔でこちらを見てくる。そして僕は思った。この魔剣、普通の食事じゃだめなのだろうか?
『ティアは普通の人間の食事を食べる事は出来ないの?』
するとティアは申し訳なさそうに言った。
【いえ、可能です。しかし今ここには...その、食べ物が無くて、しかも街もまだ遠いので...】
『我慢出来ないの?』
【すみません】
『そうか。なら仕方ないな、いいぞ』
そう言うとティアは泣きそうな顔でこちらを見てきた。え?なんか僕したのか?
【...ありがとうございますぅ】
そう言うとティアは魔剣へと変化した。そして僕はそれを握った。体から力が確かに抜けていっている。僕が吸われていたのは数十秒の間だった。
【もう充分です、ご主人様。本当にありがとうございます!】
ティアが僕の頭の中でそう言った。そして僕は魔剣を地に置いた。僕が地面に置いた直後、鋭い7色の光とともに剣が少女へと変わっていった。
『じゃあティア、町へ行こうか』
【はい、ご主人様】
こうして色々あったけど僕達はついに街の入口へとたどり着いた。でもさすが異世界、僕も迂闊だった。そしてそれはこの世界でも、転移する前僕がいたらしい地球でも人間としてやってはいけない事だった。
僕が街の門へと近づくと、門番をしていた兵士が急に物凄い顔をして中に入っていった。しかももう1人の門番がこちらに駆け足で向かってきていた。一体何が起きているのだ?僕は何もしていないぞ...?
こちらに向かってきていた兵士は僕達から少し離れた所で止まった。彼は腰に装備している剣を抜いてこちらに叫んできた。
「貴様ぁ、その少女をこちらに今すぐ引渡しなさい!今すぐに!」
な、まさかティアが呪われし魔剣だと分かったのか?まずい。
「その子を今すぐ離さないと後悔する事になるぞ、さぁ早く」
また逃げるべきなのか?しかしここで逃げれば5時間歩いて疲れた体を休める場所が...
「これが最後の警告だ、その子を今すぐ離しなさい。」
しょうがない、ここは一旦逃げよう。そう決心した僕はティアの方を振り向いて二つの衝撃的なことに気付いた。思わず頬をつねろうとまでしてしまった程だ。まあ、つまりそれだけ信じられなかったのだ。
まず一つ目、僕とティアの後ろにはすでに4人の武装した女の人が立っていた事。そして僕には正体がなんとなく分かっていた。多分彼女らがこの街最強のパーティー、薔薇の蜜。これで僕達は逃げられないだろう。
そして問題の2つ目、これを忘れていた事には僕自身驚いている。そう、ティアは今、全裸だ。
その事に気付いた僕はすぐさま叫んだ。
『誤解です、皆さん。僕は決して彼女を...
僕がそう叫んだ時には既に遅し。いつの間にか僕は薔薇の花を結えて作られた薔薇の鞭に囚われていた。
「貴方を少女誘拐、そして...は、裸にして連れ歩いた罪で逮捕しましゅっ...あ、えっと、つまり、その...この冒険者 エリザベスが貴女を逮捕します!」
触れないようにしたけど今噛んだよね、この子。決して僕の聞き間違いでは無いよね?!
『だから誤解なんです。僕はこの子を誘拐してもいませんし、裸にした訳でもありません。元々裸だったんです!』
そう言った僕を彼女は睨みながら言った。でも悪いとは思ってるんだけど...睨まれてるのにさっき噛んだっていう印象が残ってて怖くないってのは秘密。
「どこに元々全裸な女の子がいるんですか、この少女趣味の変態さん?」
『違います、僕は少女趣味の変態じゃありません。本当なんです、信じてください!!』
そう言い合っているともうひとり女の人が歩いてきた。多分薔薇の蜜のパーティーメンバーの1人だろう。そういえばティアは一体どこに?
そう思った僕は周りを見渡しティアを探した。するとティアはいつの間にか門の衛兵に捕まりそうになっていた。必死に抵抗して僕の元に来ようとしている。ごめん、ティア。僕が気づかなかったせいで...
「キミ、これからとても変な事を聞いてもいいかにゃ?」
僕の耳元で声が聞こえた。僕は声がした方を振り向いた。体を動かすと荊棘のトゲが刺さって痛い。しかし振り向いた先にはネコミミの綺麗な女の人がいた。
ていうか近っ!この前のティアが近付いてきた時よりも近い。顔くっついちゃうから離れて下さい、なんでもしますから、お願いします。ああ、息が... その時、彼女はこう囁いてきた。
「あの小さな女の子、もしかして魔剣かにゃー?」
『...ッ!!』
僕は予想外な事を聞かれ戸惑いを隠せなかった。このネコミミ、思った以上に鋭い。しかしどう答えるべきだ?人間は魔剣支持派なのか、はたまた反対派なのか... てか近いから、まだ近いからね、もうちょっと離れてくれないかな?
「どうにゃのかにゃー?」
これはどうしよう?でもリスクが少ないのはやっぱり...よし、ここは違うと言おう。
『違い...ます。彼女は、ティアは魔剣ではありません』
ネコミミは僕をじっと見つめてきた。その綺麗な緑色の目に吸い込まれそうになる。そう思った僕は目を逸らした。するとネコミミはやっと少し距離を取ってくれた。
「そうなのかにゃー、にゃらキミはこのまま拘束されて牢に入れられるのにゃー。キミは変態にゃー」
こうして僕は荊棘に両手の自由を奪われながら、人間の街[薔薇の結界]ローズモス へと連れていかれたのだった。
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今考えるとやっぱりあの小僧、魔剣の事を知っておったのにゃー。冒険者の中でも腕の立つ者しか知らにゃいはずなのにゃのにおかしいにゃー。怪しすぎにゃー!
そう考えるとあの少年の言っている事が本当なのかにゃ?あの少年が無実である可能性がまさかの浮上にゃー!
...ちょっと待つにゃ、普通の魔剣が擬人化すると成人した大人の姿のはずなのにゃ。もしあの少女が魔剣であるとするにゃらば...
もしかして、一振りで竜族を殺すというずば抜けた力を持っていた事により神々によって呪いをかけられたという有名な...
呪われし魔剣 ティルヒィングなのかにゃー?!
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