9話 耳の長い女の子

 数十分ほどたったのだが、魔剣ティルヒィングという名前を持つ呪われし女の子、ティアはまだ寝ている。よだれを垂らしながらむにゃむにゃ言っている姿がとても可愛い。とても目が離せない。あー、天使だ。でも何故ティアは呪われし魔剣でただの魔剣では無いのだろうか?後で聞いてみよう。そう思った時、やっとの事でティアが目を開けた。じっと見つめていた僕の目をぼんやりと見つめ返してきた。


 数秒後、ハッとしたようにティアは口周りを手で拭いながらバッと起き上がった。そして顔を真っ赤にしながらこっちにドシドシ早歩きで向かってくる。え、僕なんかしたっけ?


【ご主人様!何故私を起こしてくれなかったのですか?ご主人様の大切なお時間を無駄にしてしまうとは。しかも私の...その...寝顔を見られてしまったではありませんか...】


 うん?なんだって?ティアが話すに連れて声を小さくするから「しかも私の...」 まではハッキリと聞こえたのだがその先が曖昧だ。しかも顔が前より赤くなっている気がする。


『ティア、すまない。しかも私の... の先が聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?』


 僕がそう言うとティアは更に顔を真っ赤にしながらこう叫んだ。


【なんでもありません!】


 どうしたんだろうか?怒っているのか、それとも熱でもあるのかな?顔がりんごみたいに真っ赤になっている。これは深く聞かない方がいいと直感した。


『そうか、ならいいんだ。で、ティア。この状況を説明して貰えないか?』


 その時、ティアは え?といわんばかりに首を傾げ僕を見てきた。どういう事だ、ティアが僕をここに運んでくれたのでは無いのか?...それよりティア、顔が近過ぎないかな?もう少しでぶつかりそうなんだけど。


【え?ご主人様が運んでくれたのでは無いのですか?てっきり私はそうなのかと思っていたのですが...】


 沈黙。


『いや、僕は何もしていないのだが?ティアじゃないのか、僕をここに運んでくれたのは』


 また沈黙。ティア、だから顔が近いって。


『え?』【え?】


 その時、僕は背後からの殺気を感じ、ティアを茂みの方に押し、僕は後ろに飛び、地面に倒れ込んだ。あれ?なんかこの状況に覚えがあるぞ、確かあれは女神と初めて会った時かな。あの時は後ろから光線が飛んできたのだったな。


 まあ、そんな事より、僕は矢を打ってきた奴の正体を知るため背後を向いた。驚いた事にそこには弓を構えた1人の女性が立っていた。耳が僕やティアよりもかなり長いな。しかも彼女は僕に対して明らかな敵意を持っている、僕は何かしたのだろうか?


「私が見ていない隙に何をやってるんですかっ、貴方は。この女の敵!こんな小さな女の子とキッ...キスをしようなんてこの変態ぃ!この世から消えろぉ!」


 そう叫ぶと彼女は次の矢を放った。動揺しているのか矢は大きく僕を逸れ、茂みの方に押したティアの方に向かっていった。あ、なるほど。さっきティアが僕の目の前まで近寄ってきていたからそう勘違いしたのか。しかもティアは小さな女の子だ。魔剣である事を知らない彼女からしたら確かに僕は女の敵だ。てか不味いな、矢がティアの方に真っ直ぐ向かっていっている。


『ティア、危ない!』


 そう叫んだ僕は全力でティアに向かっていった矢を掴もうとした。いや間に合わない。そうか、叩き落とせばいいのか。あれ?なんだろう、いつもより僕の体が軽い。一体どうしたんだ?


 そして僕は一瞬で矢に追いつき手で叩き落とした。危ない、危ない。あと少し遅れていたとしてもティアの額に大きな傷が出来てしまう所だった。でも普通の人間だったら大怪我だな、だってティアは本物の魔剣だし。まあ、僕はティアに怪我をして欲しくないから。


 そして僕はティアの方を振り向いた。ティアは泣きそうになっている。怖かったのだろうか?その時耳が長い彼女が恐る恐る話しかけてきた。でもしっかり弓は構えている。


「な...なんというスピード。本当に貴方は人間なのですか?」


 返答に困る。僕はこの世界では人間なのか?それとも人間ではないのか?でもステータスには人間って書いてあるし...まあ人間か。


『はい、僕は正真正銘人間です。』


「そんな訳がありません。私が知っている人間の中に貴方ほどのスピードを出せる人間はひとりもいませんでしたよ?」


 彼女はそう震えながら言っている。でもステータスには人間って書いてあるのだが?勇者である事を明かした方がいいのだろうか。こういう時はこの世界の事をよく知ってる奴に聞こう。

 そう思った僕はティアの方を向いた。ティアは首を横に振っている。どうやら話の流れから僕の聞きたかった事が分かったらしい。


 そうなると...さて、どうしよう。正体を明かさないとなると最早ひとつしか道はない、か。そう、逃げる事だ。


 ではここから全速力で逃げるとするか。行き先は...どっか。そう思った僕はティアの小さな体を抱えあげ、全速力で森を駆け抜けた。その時ティアが【お姫様抱っこ...ッ!!】と呟やき、顔を真っ赤にしていたのはシカトする事にしよう。そこに突っ込まない事が一番平和な解決策だと思う。


 しかし僕はとても重大なミスをやらかした事をまだ気付いていなかった。


 だって普通知らないだろう、この時僕が逃げた相手がまさか現エルフ総代の実の娘だったなんて...


 ---------------

 私は驚きを隠せなかった。まさかこの私が逃げられた?この私が?バカな、有り得ない。私はエルフの中でも最速クラスのスピードの持ち主だ。そんな私がたかが人間に矢を止められた挙句、逃げられただと。彼はいったい何者だ?


 ...まさかあれが最近現れたという魔王アキラを倒す勇者なのだろうか?だとしたら納得出来るが...ま、後の処置はお父様に任せましょう。

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