第4話

 それは、とても突然でした。


 ちょうど、眼前に広がっていた黄金色の麦畑に見とれているところでした。その風景が突然、ぐにゃりと渦を巻くように中央から歪んだのです。


 え、なに――─


 困惑しながら目を開けると、涙でぐちゃぐちゃの母の顔がありました。


「ああ、よかった、よかった」


 何が何だか分からず、私は呆然としたまま母に抱かれました。


 傍では父や妹たち、集まったとみられる親戚の顔がありました。みな、揃いも揃って同じ顔で泣いています。


「私……」


 ようやく状況が呑み込めてきた私に、父が言いました。


「『よみがえりの議』が受け入れられたんだ。お母さんが、頼みに行ってくれたんだ」


 なんだ、それは。


 普通なら、こう思うところでしょう。


 しかし、更生プログラムである程度この世の秘密を知っていた私は、その言葉の意味がよく理解できました。


 信仰の中枢となる神社仏閣。それらを営む血族には、例外として『よみがえり』の資格が与えられる。ただし、それは以下、4つの条件に適う場合に限る。


①その者が、誰かをかばって、あるいは、その者に全くの非なくして命を落とした場合。

②その者が、よみがえりに値するだけの価値を、今後、この世で見いだせることが決まっている場合。

③その者が、生きる意欲を手放していない場合。

④その者が死んで1日と半日以内に、『よみがえりの議』が天に受け入れられた場合。


 うちは、母の実家がお寺でした。

 『よみがえり』のルールは、子孫へと代々伝えられていくものだそうですが、私は死ぬまで知りませんでした。


 私がこの世によみがえったということは、この4つの条件を満たしたということでしょう。


 こうして私は、家族の願いと、それを叶えた天の意思によって、再び生かされることになったのでした。


 しかし、理不尽なものですね。よみがえりが許されるのは、神社仏閣を営む血族のみ。それ以外の一般の方々は、どうして排除されるのでしょう。いえ、私はもう、その理由を知っているのですが。それでも理不尽だと、そう思わずにはいられません。


 ところで、よみがえりに値するだけの価値が、この私に本当にあったのでしょうか。

 それを問うべき相手は天の彼方。もはや、近くにはおりません。


 しばらくは、騒がしく、高揚した日々が続きました。皆、生き返った私を祝福し、感動に打ち震え、よく帰ってきたと私を褒めたたえました。


 けれど、人間は慣れる生き物です。


 こんなお祭り騒ぎは、2週間もすれば収まってしまいます。それから先は、通常の暮らしに戻るのでした。


 通常、いいえ、違いますね。私の近しい親族はこの一件で、大切なものをなくしました。


 それは、生への執着です。


 『よみがえりの議』を経れば、死んでも生き返ることができる。なぜなら、自分たちは天に選ばれし血族たる寺の子なのだから。


 人間の心の浅ましさを、思わずにはいられません。


 三日間のうち、すでに二日間の更生プログラムを終えようとしていた私の現世の垢はほとんど削り落とされたのかもしれません。この世での生活が、あまり現実的なものに感じられませんでした。どこか冷めた心持ちで、遠くから物事を見てしまう。妙に達観してしまって、心が前ほど動かないのです。これが、悲しいことなのかどうかもわかりません。


 そんなある日、久しぶりに私の心を動かした知らせは、あまりに残酷なものでした。


 2つ下の妹が、車にはねられ死んだ、というのです。

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