第2話

 輪廻転生、という言葉をご存知でしょうか。


 人は皆生まれ変わり、死に変わりし続けるという意味なのだそうです。これは仏教の考え方で、「輪廻」は車輪がぐるぐると回っている様を表しているのだとか。


 どうやら、この考え方は正しいようなのです。


 宗教の教えは人々の希望をもとにした想像、あるいは妄想にすぎず、死の恐怖を紛らわす戯言でしかない。そう考え、馬鹿にしていた私はいま、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 ああ、仏教の教えは正しかったとみんなに教えてあげたい。


 けれど、私はすでに死んだ身です。現世とのつながりを持つ術はありません。死人に口なしとは、よく言ったものです。


 とまぁ、現世への未練を残しつつも、私は死んだのですから、教えの通り「輪廻」の流れに従わなくてはなりません。


 ここはあの世とこの世の狭間の世界。通称『下準備事務局』です。天へのぼる準備をする場所で、「三日間の更生プログラム」が行われます。


 現世を生きた魂は様々な邪念を持っています。それが、垢ということらしいですが、この三日間の更生プログラムでは、この垢を削ぎ落とす作業が行われます。そうして綺麗に洗われた魂から、天界へとのぼっていくのです。


 ああ、この話は、こちらでお仕事をされている事務員の方に聞いたのですけどね。あ、もしかして、彼女達が俗に言う「天使」というものなのでしょうか。彼女たちはそうとは名乗りませんでしたが。


 私の魂にも例外なく、垢すりの作業が施されます。


 三日間の厚生プログラム、その記念すべき第一日目は『これまでの人生を振り返ろう』というプログラムでした。


 私は23歳で死にましたから、振り返るべき人生のハイライトなどほとんど無いように思います。


 しかし、実際に振り返ってみると不思議なものですね。ああ、こんなこともあった、あんなこともあった、この時は辛かった、痛かった、苦しかった、そして、幸せだったと、多くに気づけるものなのです。


 不思議といえば、振り返りの「作業」も不思議なものでした。


 事務員に案内された扉を開けると、私は文字通り、風になりました。

 ひゅうと音を立てながら、すごい速さで空間を駆け抜けます。 


 そこはただ真っ暗な空間でした。いえ、違いますね。私は風なのですから、生物の器官である眼球を有しているはずがありません。そもそも何も見ることができない。だからこの空間が真っ暗闇に感じるのでしょう。


 納得しかける私をよそに、やがて空間に光が差しました。

 まばゆい光は幾色にも輝き、私はその中心に吸い込まれました。


 ぽい、と放り出されたその場所は、驚いたことに、私が死んだ沼でした。


 立ちすくむ母。沼に駆け寄る大人たち。

 私は声をかけようとしました。


 しかし次の瞬間、私は家族で食卓を囲んでいました。

 私と、父と、母と、妹と。ここは、沼のほとりのペンションです。私たち家族はこの夏、休暇を利用して知り合いの営むペンションへと遊びに来ていたのでした。


  次は、ペンションへ向かう車の中でした。

 その次は、自室で旅行鞄に荷物を詰める場面。


 どうやらこれは私の記憶で、私が死んだ「あの日」から過去へと回想しているらしいと気付きました。


 場面はものすごい速さで切り替わり続けました。コンマ0.1秒といったところでしょうか。当てずっぽうですが。


 けれどおかしなことに、これだけの速さでも、ひとつひとつの場面を見逃すことはありません。ああ、そうだった、懐かしいと感慨にふける時間すら十分に持てるのです。

 一体、どういう仕組みなんでしょう。天の力は偉大です。


  気づけば、私の心は温もりで満たされていました。いえ、心ばかりではありません。私を包む光ですらも温かい。とてつもない幸福感と、安心感。こんなものは、今まで感じたことがない。そう思いましたが、確かに感じたことがあったのです。

 

  ここは、母のお腹の中でした。


 幸せでした。


 乏しい語彙力をお許しください。けれど、その一言に尽きるのです。


「お疲れさまでした」


 事務員の方が、私を迎えてくれました。


 私はここで、初めて事務員の方のお顔をしっかりと見たのですが、どこにでもいる、普通のおばさまでした。想像上の天使とは似ても似つかない。なんて、こんなことを考えては失礼ですね。


 彼女から二日目のプログラムの説明を簡単に受け、その日は終わりました。

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