ある日の

灰羽アリス

第1話

 最後に見たのは、母の強張った顔でした。その目は見開かれ、私を捉えて離しません。


 ひどい悪臭が鼻をつきます。

 これは、腐った生ごみの匂いです。


 母の手を放した直後、私の体はどぼんという鈍い音と共に汚い沼に沈みました。


 匂いの原因は、この沼なのです。

 緑……いや、黒と言ったほうがいいでしょう。いたるところでぶくぶくと泡を吐く黒い沼は、さながらげっぷをしているようです。


 私はそこに落ちました。


 沼の水は、スライムのように私の体を包みました。ふくらはぎに何かが滑りと触れます。鯉、でしょうか。まさか、こんな死の沼に生き物がいるとは思えません。


 口の中に、どろりと生臭い水が流れ込んできました。それは、たちまち食道を通り、胃に到達します。鼻から侵入した水も先に入った水を慌てて追いかけます。ついに肺が浸食されました。


 ゴボゴボ  


 ブクブク  


 こうして私は死にました。


 母を庇って死んだのでした。

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