608・厄介事
普段好んでいる服は白や黒で偶に暗い紫や赤。あまり明るい色が好きじゃないから自然とそうなっていたのだけど……今回は薄い緑色のドレスを見に纏っていた。レースやフリルがあしらわれていて、如何にも少女が好みそうな感じがする。最初は着る事に拒否反応を起こしていたけど、ついつい眠ってしまった結果、逆に待たせてしまっただろうし、下手に断るわけにいかない。
そのせいで自分ではなんとも言えない色のドレスを着る羽目になった。
緑というのは私には合わないと思うんだけどなぁ……。
――
着替え終わった私はそのまま食堂へと案内された。既に座らされていたヒュー達の視線が一斉にこちらへと注がれる。普段と違う衣装を着せられているせいか、微妙に恥ずかしくなって視線を逸らすと、何故か感心するような唸りが上がった。
「流石、よくお似合いですよ」
にこやかな表情のクォルトン卿は既に鎧を脱いでおり、きっちりしたスーツに身を包んでいた。オーク族は基本的にふくよかな体型をしているけれど、決して太っている印象は与えられない。クォルトン卿もそうなのだが、筋肉はがっちがちでまるで鎧を身に纏っているようだった。子供の頃に触らせてもらった腹筋の感触は今でも覚えている。
「ありがとうございます。……それと申し訳ありません。こちらから訪問したのに眠ってしまって……」
あまりにも自分が情けなくて謝罪が口をついて出た。しかしクォルトン卿はゆっくりと首を左右に振ってそれを否定した。
「いいえ。余程お疲れだったのでしょう。こちらとしてもエールティア様――いいえ、殿下に力添えを願えればと思っておりましたので」
そうか……私はもう彼らの中では『様』ではなく『殿下』。つまり最も女王を即位するのに相応しいと思われているのだろう。政治などにはあまり関心がない分、あまり向いてないとは思うのだけど……。
「……そうそう、エールティア殿下の護衛の方が心配されておられましたが、彼らも私たちにとってはお客様も同然。殿下が目を覚まされる前に食堂へと案内させていただきました」
その点については少々言いたいことがあるけれど、後からごちゃごちゃと現れたらクォルトン卿の迷惑にもなるだろう。破格の待遇を受けているのだから今は置いておいた方がいいだろう。それよりまずは話を伺わないと。
「クォルトン卿。戦支度をしていたようですが……よろしかったのですか?」
「ええ。あの時は私どもも斥候の知らせを受けて慌てておりましたが、殿下がいらっしゃったお陰で多少落ち着きを取り戻すことができました」
だとしてもあの慌てようは少し気になる。拠点の存在が発覚した時からこうなる事は想定していたはずだ。
「その割には随分急いでいたみたいですが」
真剣な目でクォルトン卿を見つめる。嘘をつくな、というよりも本当のことを言ってくださいという懇願に近い形だった。その気持ちが通じたのか、彼は笑みを消し、真面目な態度を取った。今から話すことこそ本番……といった感じだ。
「実はその中に大型のゴーレムの存在が確認されたのです」
「……大型?」
今まで出会ってきたゴーレムもそれなりに大きいタイプのものだったはずだ。それを踏まえて……となるとそれらの倍くらいかな?
「はい。斥候の者が語るには今は起動しておらず、眠りについているように見えたそうです。大きな台車をラントルオに引かせているようでして……恐らく起動して立ち上がった時には更に大きくなるかと」
ここまで話を聞いて合点がいった。そんな巨大なゴーレムを所有している軍勢がこの町にやってくるとなるとクォルトン卿も気が気ではないはずだ。すぐさま戦闘体制に移行しようという気持ちもわかる。
ジュールが不安そうな表情を浮かべていたが、決して言葉にはせず黙っていた。クォルトン卿にとってはお客様でも私の従者として側にいる以上、この話し合いに口を出すべきではない。それをよくわかっているからだろう。
「そうですか。そんなものを彼らが……」
「元々黒竜人族としての誇りも持ち合わせていない輩ですからな。ダークエルフ族と手を組むことも厭わないのでしょうな」
「黒竜人族の誇り?」
ここであまり空気を読まない発言をしたヒューは、訝しむような目をしている。
「始竜の一柱である黒竜の血を受け継ぐ彼らはその血を守り、聖黒族と共に歩むことを運命としている種族。純粋な血を高めるために竜人族以外の他種族との交わりを禁忌としている風習すらある。しかし――」
「イレアル男爵はそれに異を唱え、自らの領地に住んでいる黒竜人族に他種族との交配を促し、数を増やそうと企んだ……でしたね」
以前、レイアとの一件で気になったから調べた結果わかった事だ。
結果的に失敗に終わった挙句、気性の荒い者が生まれやすくなったそうだ。
「その件に関してはエンドラル学園のフィレッド学園長が大層ご立腹で、女王陛下も彼らとの話し合いは苦労したようだ。結果的に黒竜人族を囲っていた援助金の全ての打ち切りと一部を除いて男爵領から出ることを禁ずる事。純血種を迫害した混血種の厳罰で手を打つ事にしたとか」
考え込むように腕を組むクォルトン卿の気持ちはわかる。なにせ隣の領土がそんなことしてたのだからね。しかも純血の黒竜人族がほとんどいなくなったのだか、自然と風当たりも強くなっていくというわけだ。
ヒューの横槍で話が脱線してしまうのも仕方がない。なんでクォルトン卿が慌てていたのかおおまかな事はわかったし、今回はそれでよしとしよう。
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