607・ブリズラクの長

 鳥車を進め辿り着いたのはブリズラクにある大きな館へと足を運んだ。私がやってきたことは既に何らかの方法で伝達されていたのか、門を守っていた兵士達はあっさりと門を開き道を譲ってくれた。


「ほう、流石お姫様。この程度は当然という訳か」

「エールティア様はこの国の次代を担われる御方ですからね」


 自慢げに言われると逆に照れくさくなる。私はそんなに偉い人ではない。確かに権力という面に関して言えば私はこの国でもかなりの上位と言えるだろう。なにせ聖黒族の女性は上に立ちやすく、まして私は次期女王の声高い人物なのだから。そこはあまり卑下するものではない。だけど私個人は能力が高いだけの人でしかない。あまり特異に扱われるのは嬉しくないのだ。


 ……それは高望みというものなのだろうけど。初代魔王様と同じように覚醒を成し遂げた私を特別な存在だと思わない者はいないだろう。困ったものだ。


 館の中の鳥車を停留させる場所まで進んで降りると、慌てふためきながらオーク族の男性がやってきた。


「これはエールティア姫様。遠路はるばるようこそおいでくださいました」

「クォルトン卿、ご無沙汰しております」


 戦準備をしていたのだろう。鎧を纏った姿のまま現れたのはお父様から伯爵位を与えられてこの一帯の領地を授かり守護しているクォルトン・ポレック伯爵だった。オーク族の中でも若干肌が赤い彼の一族は代々この領地を治め、成果をリシュファス家の当主に報告していた。お父様の時代になってからは領地から離れず絶えず近隣の領の動きを見張っていたようだけど、昔ここに遊びに来たときは穏やかできさくな方だった。


「このような姿で申し訳ございません。もう少し早く知る事が出来たら……」

「いいえ、私がいきなり訪問してきたのですから。それで……戦況はどうなっておりますか?」


 多分まだ開戦までは至っていないだろうと踏んでの問いかけだったが、予想外にもクォルトン卿は言葉を濁していた。


「それが、少々厄介な事になっているようでしてな」

「と、言いますと?」

「……申し訳ありませんが、詳しい話をここでするのは少々。是非我が館へと招待し、歓待と共に改めてお話したいのですが、どうですかな?」


 確かに。事は一刻を争う事とはいえ、ここはまだ戦火に包まれていないし、このような開けた場所ではいつ誰が聞いているかわかったものではない。ここは素直に彼の言う事を聞いておこう。


「わかりました。よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。……だれか、我らが姫君をお部屋までご案内いたしなさい」


 待っていましたと言わんばかりの速度でメイドが現れ、あまりない荷物を持って私達を部屋へと案内してくれる。雪風、ジュール、ヒューの三人は慣れたように一緒についてくるが、クロイズはどこか興味を惹かれたのか周囲を見ていた。


「それではごゆるりとお寛ぎください。おつきの方はこちらへ」


 通された部屋は恐らくこの館の中でも最高ランクの客室だ。ベッドは天蓋付きですごくふわふわしているし、大きな窓は見通しが良い。ここの庭園は一種の畑となっており、花の代わりに野菜や果物が実っている。普通の貴族の庭園ではまずありえない作りだけど、私は好みだ。


「ティア様……」

「またすぐに会えるんだからそんな寂しそうな顔をしないの」


 毎回私と別れを告げる度にこの世の終わりでも見るかのような視線を向けてくるのはちょっと勘弁してほしい。悪い心地はしないけどね。


「エールティア様、また後程」


「クロイズの監視はこっちでやっておくから任せてくれ」

「ふふ、汝程度で我を止められるとでも?」

「まさかこの場に来て暴れるような真似はしないだろう。エールティアのお姫様はあんたが認めた人物なんだからな」


「……ええ、またね」


 雪風は普通に。ヒューとクロイズは何故か少し喧嘩腰になりながらそれぞれの部屋へと案内された。

 さて……まずはベッドに腰掛けて待つとしよう。本当に何となく、あの暖かそうな存在が非常に気になってしまったのだ。


「ふかふか……」


 私の小さな体を包み込む様に受け止めてくれる存在はじんわりと暖かさを与えてくれる。そういえば昨日はあんまりよく眠れなかった。鳥車での移動中に仮眠を取ればいいんだけど、無防備な顔を晒したくなかったから余計にだ。そんな事を思っているうちに夢の国へと誘われて行き――


「――ィア……ま……」


 ――誰かの声で目を覚ました私は、随分眠っていたらしく、陽がすっかりと暮れかけていた。


「……」

「エールティア姫様?」


 気付くとベッドの近くにメイドの一人が立っていた。どうやらクォルトン卿の準備が出来たらしい。……いや、私を待ってくれていたのかも。


「……ごめんなさい。すっかり眠ってしまったみたいで」

「いいえ。お疲れのようでしたから仕方ありません。お着替えの手伝いをいたします」

「ありがとう」


 多分既にジュールたちも集まって待機してくれているだろう。とにかく、これ以上恥を晒す前に急いで着替えてクォルトン卿の元へと行かなくては!

 ……本当はもう少し眠っていたかったけれど、それは心の中にしまっておこう。

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