606・前線へと赴く者達

 ヒュー、雪風、クロイズの状況を飲み込めていなかった三人への説明を終えると、私はすぐさまここまで使用してきた鳥車に乗り込んでヒューに戻るように指示を出す。この中で彼が一番扱える以上、必然的に帰る時の御者も彼になる。クロイズの技術はどうなのか知らないけれど、今は期待しない方がいいだろう。


「行ったと思ったら戻って……忙しい事この上ないな」


 御者席に乗り込む前にヒューが愚痴を溢していたのを聞いた。恐らく今までで一番面倒くさいと思っているだろう。私だって似たような気持ちだから。


「なんで今こんな……。同じ国に生きているのですから、手を取り合って戦うべきなのではないですか?」


 項垂れた様子のジュールは私に問いかける。半分泣きそうなその顔には疑問しか浮かんでいなかった。どう返すのが一番だろうか? そんな風に考えていると、代わりにクロイズが声を上げた。


「ダークエルフ族の拠点が作られている……ということは大なり小なり奴らと関与していると疑われても仕方がない立場だろう。そして数が多いほど疑念は深まる。兵を挙げた者共は全員、この戦争が終わったのちに責任を取らされる者たちばかりなのだろう」


 クロイズの言う通り。今挙兵している貴族は全員戦争が終わったら何かしらの処罰がある人達だ。特にヒュッヘル子爵はダークエルフ族を匿おうとした動きが見られたし、彼はエスカッツ伯が信を置いている者でもある。エスカッツ伯にもなんらかの罰が降るのは間違いない。そして同じようにルーセイド伯やイレアル男爵の領地にも多くの拠点が見つかっている以上、責任問題を問われる事になる。最悪領地を取り上げられてしまいかねない。彼らにとってはそれが我慢ならないのだろう。


「ですが……」

「覚えておくといい。人という種族は、特に権力に固執する者は欲を優先するものだ。例え許そうと同じ事を繰り返す。自らの権力に僅かな衰えを許さぬからだ。例え墓穴を掘ろうと、ただ座して待つ事によって権力を没収されるくらいならば蹴落としてやる。そんな思考の者のことなど考えるだけで無に等しい」


 尚も追いすがるジュールの事をばっさりと切り捨てる。クロイズの言っている事は正しい。人というのは欲深い生き物だ。生存本能なんかで生きている動物の方がよっぽど純粋ですらある程。特に悪意を持って接してくる輩なんてのは完全に駄目だ。エスカッツ伯爵なんかはまさしくその典型と言えるだろう。彼の息子もかなりやんちゃで権力を振りかざす者だと聞いた事がある。同じ学園に入ってたらしいけど……多分どこかで会ったことがあると思う。まあ、覚えてないからその程度なんだろうけど。


「ジュール。よく覚えておきなさい。この世には救いようのない愚物がいて、他者より上にいないと我慢ならない者ばかりなんだって事を」


 本当はもう少しやんわりと伝えたかったけれど、クロイズのせいでそれもご破算。ならばせめてジュールにはそういう下劣な存在は身近にいる事を知ってもらいたかった。


「……わかりました。よく覚えておきます」

「お願いね。それに雪風も」

「無論です。例えどのような輩であったとしても、我が主君に刃を向ける相手は切り捨てる。それが僕の生きる道です」

「その割には我と相対する事は避けたようだがな」


 きりっとした表情で宣言する雪風に水を差すような皮肉を言ってくれるが、彼女はその程度で動揺する事はない。挑発に乗りやすいジュールとは大違いだ。


 ――


 鳥車に揺られて辿り着いたのはリシュファス領とイレアル領の境界線とも言える町――ブリズラク。恐らくイレアル男爵の軍を迎え撃つための編隊が行われているであろう場所だ。


「待て!」


 ヒューがラントルオの速度を緩め、門を通り中に入ろうとした私達に向かって拡声の魔導具を使用して止まる事を呼びかける兵士。目つきがきりっとしていて彼の人となりが伝わってきそうだ。


「今は許可を得ていない者や検査を終えていない者は通すなと言われている。何用でこの町に参った?」


 鳥車が停止したおかげでやりとりが鮮明に聞こえるようになった。なるほど。同じ国の中同士スパイを紛れ込ませている可能性もある。そういうのを極力排除する為にこの方法を取ったのだろう。ヒューの面倒そうな顔が手に取るように伝わってくる。この場言いは……仕方ない。私が出た方が手っ取り早い。


「私はエールティア・リシュファス。この度のイレアル男爵等の反乱を聞き、迎え撃つべくこの地に馳せ参じた」

「……! エールティア姫様!」


 鳥車の扉を開けて外に出た私の姿を確認すると同時に飛び上がるような驚き方をしていた兵士は慌てて膝を付いて頭を下げた。


「申し訳ございません。エールティア様がお乗りの鳥車とは露とも思わず……」

「事前の連絡がなかったのですから仕方がないでしょう。それで……通ってよろしい?」

「もちろんです! どうぞ中へ!!」


 先程の態度はどこかへと消えてしまい、あっさりと横にずれた。こういう時権力があるのは楽でいい。ただのエールティアだったら邪険に扱われていただろう。

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