568・純血派掃討作戦(ファリスside)
ベルンの館でトイルから作戦を聞いて二日後。ファリス達は彼らが指定した少々古い館の裏手で待機していた。
獣道ではない程度に整備されており、つい最近まで誰かが使っていた形跡があった。もし逃げるとしたらまず間違いなくここを使うだろう。そんな確信を与えてくれるのには十分すぎるほどだ。
「はぁ……俺もあっち側に行きたかったな……」
作戦決行の時間をとうに過ぎ、今は館の中が戦場になっているだろう。自分も参戦したいという気持ちを呟きながら誰もやってくる気配のない道をぼんやり待っているワーゼル。
「仕方ないでしょう。これも彼らの団結を深める為なのですから」
自分の得物の手入れをしながら周囲の様子を探るユヒトはダガーの切れ味に満足げな顔をしていた。
「わかっているけどさ……俺達兵士は戦ってこそだと思うんだよ」
「はっ、そう思うならお前もまだまだだな」
ぐっと拳を握り締めて力説するワーゼルを小馬鹿にしたのは彼の事をよく知っているオルドだった。
「兵士というのは多少暇な方が良いんだよ。無駄な争いがなければ平和な証拠だ」
(わたしはそうは思わないけれどね。戦えない世の中なんてつまらないだけだし、魔王祭だって最初は弱い相手ばっかり戦わないといけないし……ああ、それは今も一緒か)
オルドの話を聞きながらファリスは館を遠目に見つめながら物思いにふけっていた。この戦いが終わればいよいよ王を救出する戦いが始まる。それが終わったらいよいよティリアースに帰れる。エールティアに会えるのだ。そんな事を考えている最中にオルドの言葉が飛んできてつい思考を逸らしていた。
元々戦いに身を置いていた彼女だからこその思考だが、ワーゼルと同程度だと思うと軽く落ち込みそうになる。嫌いだとかそういう訳ではなく、彼が単純だから自分とは違うといった意味合いでだ。
「――! ファリス様、あれを!」
何かに気付いたククオルが空を見上げて訴えかける。釣られるようにファリスは空を見て赤色の光が一直線に伸びているのを確認した。それはトイルと事前に打ち合わせて決めたダークエルフ族の兵器が襲い掛かってきた時の合図だった。
「ワー、ククはわたしに付いて来て。オルド、ユヒはここで逃げてくる奴がいないか監視」
「「わかりました」」
「お任せください」
「ファリス様、お気をつけて」
物事を冷静に把握できるであろうオルドとユヒトを残し、血の気の多いワーゼル。魔導による支援を行えるククオルを連れていく事を選択したファリスは返事を待たずに駆け出す。遅れて二人が付いてくるのを気配で確認しながら走る彼女の心は落ち着いていた。
(こうなる事は可能性としては高かったし、結果的に早く終わらせることが出来るだろうからこれでもいいんだけど……)
これで純血派がダークエルフ族の支援を受けている事は確定した。それは同時に単純にダークエルフ族との戦争だけでは終わらないややこしい事情が噴出した事を意味していた……のだが、それはファリスにとって一切関係のない話だった。だからこそ多少もやもやするものの、まあ早く終われるならそれでいいかというスタンスだった。
三人とも沈黙を保ちながら目的の場所まで走る。徐々に館が近づいてくると、剣戟や爆発音などが響いてくるのが聞こえてくる。余程激しい戦闘なのだろうか、悲鳴が聞こえてもおかしくない程だった。
「諦めたらだめにゃ! 陣形の再構築、攻撃隊はそれを援護! 立て直しを第一に行動するにゃー!」
大声を張り上げて指示を送るベルンの隣まで辿り着くとそれに気づいたベルンは『来てくれたか』と言いたげな表情をしていた。
「ファリス、済まないにゃー。ぼくがふがいないばかりに……」
「別に構わない。すぐに終わらせるから王子は体勢を整え直して」
こくりと頷いたベルンの横を通り抜けたファリスは、悲鳴が聞こえる戦場へと飛び込んだ。
後ろを付いて行き同じようにワーゼルとククオルは戦場を見て絶句した。
「なんだ……これ……」
辺りは火の海。焼け焦げた肉と血の臭いが立ち込め、誰かの泣き声が聞こえ、何人もの猫人族が倒れている中、雇われた傭兵と思える魔人族や鬼人族の亡骸も同じように焦げていた。真っ黒になっており、交戦中に倒れた形跡も存在して明らかに無差別に燃やされている事が見て取れた。
「しっかり……しっかりするにゃ!」
戦場を駆け抜けている最中に鎧や兜がボロボロに傷ついた猫人族が倒れ伏した兵士をゆさゆさと揺さぶっていた。どうやら傷ついた兵士を庇った形になっていたらしく、背中が無残にも焼けて死んでいた。
これほど焼死体の多い戦場はまず見たことがないだろう。そしてそれは一体のゴーレムによって引き起こされていた。
以前に戦ったどのゴーレムよりも巨大な物。モチーフになったのは竜だろうとはっきりわかる禍々しさを兼ね備えた姿。敵味方問わず戦場で暴れまわるそれは口から炎を吐き出し、周囲を焼野原へと変えていく。あまりの光景に足が竦んだ二人を置き捨てるようにファリスその怪物の前へと躍り出るのだった。
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