554・帰還する者達(ファリスside)

「……よし、これぐらいなら問題ないだろう」


 ある程度食糧や荷物を積み込んだオルドは額の汗を拭って一通りの作業が終わったと感慨深い口調でそれを見ていた。ダークエルフ族の兵士達が隠れていたり、時折邪魔をしてきたりもしたのだが、その度に作業を止めて迎撃に勤しんでいた為時間を掛ける事になってしまった。


「ラントルオを残してくれて本当に助かりましたね」

「そうですね。私はてっきり既に逃がされた後だと思っていましたよ」


 苦労した感が溢れているワーゼルの横でユヒトが呆れた様子で何とか用意出来た鳥車を眺めていた。

 大型の丸い鳥であり、地上を高速で走る生き物――それがラントルオであり、空の移動を一手に担っているワイバーンとは対極的な立場にあると言えるだろう。但し騎乗するのには一切向かない。あくまで車を用いなければすぐに振り落とされてしまうこと受けあいだ。

 さて、そんな存在であるラントルオをダークエルフ族も愛用しているのだが……明らかに敵に襲撃されているのにラントルオを持ち出す訳でも殺す訳でもなく、普通に置いていたからだ。

 他の武具や補給物資などは破壊や廃棄されているのだが、何故かラントルオとそれを使用する鳥車だけは無事だった。何か有事が起こった際はこれで脱出を図ろうという魂胆が見え見えだったが、今の彼らにはそれがありがたかった。最悪リュネーを運ぶ者以外は大きな荷物を背負うか、簡易な荷台を作成しなければならなかったからだ。


「普通、逃走に使うなら最低限残して後は壊すだろうに」

「壊すのが惜しかったんでしょう。……それにしても、敬語か普通かどちらかにしていただけませんか? 混乱しますので」


 ワーゼルが呆れた顔で呟いていたが、ククオルはそれ以上にはっきりしない彼の口調を統一して欲しかったようだ。それに対しユヒトも「うんうん」と頷いている。


「は、はは。仕方ないだろう。俺だって色々あるんだよ」


 ファリスとオルドにはなるべく丁寧に話さなければならないし、かといって普段の彼はそういうのがあまり得意ではない。そんなもどかしい思いが彼の言葉遣いを変にしていた。


「そんな事より、眠り姫はまだ目を覚まさないんですか?」


 気まずそうに視線を逸らしながらワーゼルは未だに眠るように気を失っているリュネーを眺めた。誰も治療系の魔導を扱う事が出来ない為、彼女に残された傷やあざはそのままだ。あるいはファリスであれば可能なのだが、そのためにわざわざ三日間切り札を使用できないデメリットを許容できるはずがなかった。


「仕方ないでしょう。あれだけの事があったのですから」

「あそこに閉じ込められていた者達の中でも特に酷い目に遭わされたみたいですからね。精神的にも本格的に参っている様子ですし、しばらくは目を覚まさないでしょう」


 終始苦痛に顔を歪めている表情でただただ眠っているリュネー。恐らく夢の中ですら恐ろしい目に遭っているのだろう。時折苦しそうにうめき声を上げていた。


「……可哀想に」

「そうね。そう思うなら早く行きましょう。ぐずぐずしていたらまた奴らがやってくるでしょうしね」


 この話合っている今が無駄だと言わんばかりの態度でリュネーを抱え――ようとして肩の痛みを思い出してやめてさっさと鳥車に乗り込んだ。


「ファリス様の言う通り。話は後でいくらでも出来る。今は一刻も早くここから離れるべきだろう。お前達も早く乗り込め」


 オルドもファリスの行動に同意を示し、彼女が出来なかった代わりにリュネーをひょいと担ぎ上げて中に入った。それに合わせてククオルも乗り込み、ワーゼルとユヒトは手綱を操る御者席に乗り込む。


「ちょっとした強硬になりますけど、我慢してくださいね」


 後ろのファリス達に声を掛け、反応を待たずに手綱を取ってラントルオへと指示を送る。大きく鳴いた後、最初は人が軽く走る程度。それから徐々に速度が上がっていき、ある程度過ぎたあたりで尋常ではない速度へと上がっていく。景色がびゅんびゅん流れていく中、ククオルはようやく安堵の息を吐いた。まだ完全に安全とは言えないのだが、それでもダークエルフ族達が占領している場所から離れられるとわかれば張りつめていた糸も切れるというものだ。その様子にオルドからの叱責が飛んでくる。


「ククオル。まだ敵地から脱出しようとしている最中なのだから安心するな。適度に緊張感を保っていないと疲れで動けなくなるぞ」

「は、はい! 申し訳ありません」


 ここで素直に謝罪できる辺り、ククオルは成長するだろう。そんな風に思っているファリスは、気だるげに流れる景色を見つめていた。時折動くリュネーのボロボロな姿に嘆息が漏れたが、とりあえず約束は果たしたんだし、生きているからいいか。と思う事にした。

 普段ならばしばらく走った後は適度に休ませるのが良いのだが、今回はかなりの強制軍だったため、多少の無理を押し通すことにした。


 そんな事を知ってか知らずか、リュネーは結局戦いが終わり、彼らの領土へと戻っていくのであった――。

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