555・リュネー姫との会話(ファリスside)

 鳥車に揺られ続け尻の痛みを感じていた頃。リュネーの様子が一変した。


「ん、うぅん……」


 寝苦しそうにしている彼女はうめきながら僅かに目を開けた彼女は、周囲の様子を確認するように視線を彷徨わせた。


「こ、ここは……?」

「鳥車の中。今の状況わかる?」


 隣にいたファリスはようやく目が覚めたかというかのように話しかけた。

 ファリス、ククオル、オルドと視線を向けてある程度状況を理解したようで力なくこくりと頷いた。


「私、どれくらい眠っていたの?」

「二日くらいかしらね」


 ファリス達はまっすぐ戻らず、一度治療の為に侵略行為を受けておらず、なおかつ近くにダークエルフ族の拠点が存在しない町に向かったのだ。そこでファリスとリュネーの治療を行い、一度休んだ。そこに着くまでに一日。治療などで更に日を費やし、今はベルンのいる場所へと向かっている最中だった。


「身体の具合はどう? 痛いところはない?」

「う、うん……大丈夫。あり……がと、う」


 眠っていた時に囚われていた時の記憶を思い出したのか、動かせた手に驚いた様子を見せながら彼女は首をさするように指でなぞる。

 重要ではない場所だったからか、まだ若干赤みが残っていた。いずれはなくなるにしても、今見れば痛々しい。


「後一日もすればルドールに着くから、今は体力を回復させる事だけ優先してちょうだい」

「ありがと、う。あの……」


 リュネーはどこか言い辛そうに詰まらせる。その目はファリスの美しい黒髪や白銀の瞳に向いていたが、見られている本人は何も気づかない。そこまで特殊な容姿をしていないと思っているからだ。


「……ティ、ティアちゃん。エールティア様は……元気ですか?」

「ええ。あの方は今もティリアースでダークエルフ族と戦っているわ」

「……そう」


 元気でよかった。と思っている反面、どこか寂しそうな様子のリュネー。


「本当はティアちゃんに来て欲しかった?」


 ようやくリュネーがどこに視線を向けていたのか理解したファリスは、率直な疑問を口にした。本来ならまず聞かないだろうそれを好奇心で尋ねていた。ふるふると力なく首を振ったリュネーはにこりと微笑む。


「違うの。ただ、貴女の顔を見て……たら、思い……だしたから。昔の、こと」


 聖黒族特有の髪と瞳に懐かしさを覚えたリュネーは、ふと気になったのだ。二年になってからあまり会えなくなってしまった最初の友達の事を。一時は憧れ、羨望の眼差しを向けていた少女の事を。


「昔……確か、同じ学園だったのよね」


 こくりと頷いたリュネーは、再び口を開こうとする。まだ完全に回復していないのだからあまり話さずに休んでいた方が良い。誰もがそう思っていた。しかしリュネーにとって今まで声を出した時は悲鳴か治療系の魔導を発動した時。それとごく僅かな独り言。こんな風に痛めつけられずに穏やかな気持ちで言葉を交わす事さえ久しぶりだった彼女はどうしてももう少し話を続けたかったのだ。

 そんな想いをファリスも感じ取ったのだろう。必死に喋っているリュネーに対して嫌だと言わずに話を続けさせた。


「う、うん。私の……初めての、友達。あんまり会えなくなったけど……元気にしてる、かなって……」

「大丈夫。元気になって事が落ち着いたらティリアースに遊びに行くといいわ」

「そう……だね」


 もっと話を続けたかったのだろう。口を開こうと一生懸命だったが、ストレスや精神的疲れ、目が覚めたばかりという事も相まって喋るのをやめ、静かに目を閉じた。


「また眠ったのですか?」

「いいえ、多分まだ起きていると思う。でもすぐに寝てしまうでしょうね」


 ファリスは自然と頭に手を伸ばそうとして――すぐに引っ込めてしまった。何故自分でそんな事をしたのか全くわからないといった様子でじっと手のひらを見つめる。


「……? どうかしました?」

「いいえ。なんでもない」


 ククオルからの問いにとっさに手を引っ込めていつもと同じように澄ました顔を浮かべている。

 リュネーが話さなくなってから再び沈黙が訪れる。


 町や鳥車の中以外であればまだ何か交わす言葉でも思いつくのだろうが、景色が流れていく以外の刺激が存在しないこの空間ではそれも無理からぬ話だろう。


 それぞれが思考を巡らせていると、突如鳥車が大きく揺れた。


「きゃ――」

「ぐ、くっ……!」


 ククオルがいきなりの出来事に叫び声を上げる寸前だったり、リュネーが傾いた車体に釣られるように身体を打ち付ける前にオルドが受け止め、代わりに床に強く背中を痛めつけてくぐもったうめきを呟いたりと内部は騒然としてしまった。肝心のファリスも言葉を失った様子だったがすぐさま警戒を強めた。


「ちっ、一体何が――」


 オルドが忌々しげに声を上げて鳥車の前をみると不思議そうな顔をしていた。

 ファリスも釣られるようにそちらに視線を向ける。鳥車の内部から御者台の様子が窺える構造になっているそれから外を眺めると、ワーゼルとユヒトも警戒している様子。そして、外には夕暮れの陽を浴びて佇んでいる黒竜人族の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る