535・見えた光明(リュネーside)

 落ち着きを取り戻した二人は改めて今の主君の妹姫の姿を見る。あちこちにアザや赤黒くなっている部分があり、どう考えても位の高い王族としての扱われ方をされていなかった。これではまるで奴隷――いや、それ以下だ。

 忠誠心に篤い者ほどこのような扱いを受けているリュネーの姿に憤りを感じる事だろう。ダークエルフ族はある意味、その事を見透かしていた。現在の状況は全て彼らに有利に運んでいる。新しい兵器の開発に成功し端々での戦闘は敗北していても、メインの戦闘で勝利を収めればなんら問題ない。いくらベルンやシャニルが奮闘しても、王城が陥落すればシルケットという国を維持することなど出来ない。王がいても民がいなければ国として成り立たないからだ。近くに恐ろしい残虐性を秘めた種族がいるような弱小国に住みたい者などいないということだ。だからこそダークエルフ族は鳥車や伝令兵を優先的に襲い、情報の遅延を狙う。更に物資の補給を行い、シルケット側の補給経路を絶つ。そうして徐々にシルケットを追い詰めていた。ティリアースからの援軍も予期しており、事前に純血派を介入。一切血の混じっていない猫人族を新たなる王座に据え、シルケットを新生させる事を条件にして協力を取り付けていた。


 唯一の誤算であるファリスの介入以外は全て彼らの計画通り。ティリアースの援軍も純血派の力によって町に拘束して近場のダークエルフ族の拠点を潰す事に専念させる。その為だけに新兵器を使わずにベルンを生かし、周辺の拠点を活性化させたのだ。そこまでしてシルケット王家を潰そうとするのは聖黒族と最も有効的な関係を築いているからだ。それをズタボロに引き裂いて尊厳すらも踏みにじって聖黒族に寄り添い従い生きる者は全てこうしてやると各国に向けて宣言する。その一番の標的に選ばれたのがティリアースの次期女王と名高いエールティアと懇意にしているリュネーだった。


「……リュネー様」


 ぽつりと声が漏れた。アイシカの言葉に目を見開き、視線を向けるリュネー。そこには疑問と不思議に満ちた瞳があった。当然だ。いきなり『様』付けで呼ぶようなダークエルフ族と彼女は出会った事がなかったからだ。


「この姿ではわからないでしょう。もう少しお待ちください。必ず……必ず貴女様をお救いいたします。それまでどうか……ど……う、か……」

「お耐えくださいにゃ。我らが再びこの地に舞い戻るまで。例えどんな深い闇の底でも、決して諦めないでくださいにゃ」


 言葉を紡ぐ事すら出来ないアイシカは、必死に感情を押し殺していた。今涙を見せれば確実にダークエルフ族に気付かれてしまう。痕跡が残れば怪しくなってしまう。離れている上に扉越しとはいえ、彼らが聞き耳を立てていない証拠などどこにもないのだから。

 こうして本当に小さな声で話さなければバレてしまっても不思議ではない。猫人族訛りの話し方なんてしていればより一層だ。絶対に潜入している事が発覚してはならないこの状況。決して安全ではない橋を渡った甲斐はあったらしく、リュネーの瞳にはみるみる内に涙をため込んでいた。今泣いてしまえば、溢れた涙は止まらなくなり、息が乱れて呼吸する事が出来なくなるだろう。まだ体中傷とあざだらけだ。治癒魔導を使えなくなれば満足に傷を癒すことも出来ずにより一層酷い目に遭ってしまうだろう。生きる希望を見いだせた今、出来るだけ体力を温存させなければならない。必死に涙を堪え、零れないようにするしか出来なかった。


 アイシカとガルファはそれだけを告げてリュネーのいる牢屋から去った。残されたリュネーは必死に呼吸を整えて再び治癒魔導を発動させる。何度も繰り返された行為。しかしそれは今は違った意味を持っていた。折れかけていた心には再び熱が入り、鍛冶によって生み出されたかのように強固になる。例えどんなにあざけられてもののしられても、希望の光が近づいている事が分かったのだ。


 そしてそれはアイシカとガルファにとっても同じ事だった。生きていない可能性だって十分にあったのだ。幾つもの拠点を探して見つからなかった上、そろそろダークエルフ族として潜入し続けるのも限界が近づいていた。いくらアイシカが魔導で変装する事が出来ても、立て続けに同じ人物が別の拠点にいては違和感がない事の方があり得なかった。そんな中の発見。例え戦争奴隷よりも酷い扱いを受けていたとしても確かに生きていたリュネーは彼女達の心に火をつけた。怒りにその身を焦がす彼女達はすぐさまにファリスにこの事を報告し、ベルンに全てを告げるだろう。お互いの最大戦力がぶつかり合うのは時間の問題であり、決して避けては通れぬ道。十分とは言えないが、迎え撃つ準備を着々と進めているのは彼らもまた同じだった。ダークエルフ族が持っている最新の兵器が聖黒族の複製体を討つか、また逆にファリスが彼らの全てを滅ぼすか……シルケット、ティリアース両軍とダークエルフ族軍の本格的なぶつかり合いが始まるのはもう間もなく。

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