469・祭りばやしが夢の跡

 敵の監視役と魔導具を壊してから次の日。


「ティア様おはようございます!」

「おはよう」


 ジュールは昨日のテンションに近い状態で元気いっぱいになっていた。どうやら昨日の出来事は全て現実に起こった事だと認識しているようだ。


「ここのお祭りは楽しかったですね! ダークエルフ族と争っている時にこんな事……なんて思いましたが、つい楽しんでしまいました」

「全く……気楽なものだよ」


 ぼそっとファリスが余計な事を言ったけれど、上機嫌なジュールには聞こえていないみたいだった。


「ファリス……」

「わかってるよ。内緒ってことでしょ」


 昨日の出来事はなるべくジュールに秘密にすることにした。どうせ気付くのだから、放っておくことにした……というのが正しい言い方なんだけどね。

 なるべくなら自分で気づいて欲しいという気持ちだ。まあ、私達がわざわざ言わなかった事もついでに伝わってくれればとも思うけどね。


 ジュールのようについ最近訪れた人達は祭りが終わったと感じているようだけれど、前からここにいた人達は目が覚めて違和感に気付く人や、夢を見ていたと結論づけた人。まだ呆然としていて意識が戻ってきておらず、肉体だけが漫然と生活を続けている人……様々だった。

 ここら辺は個人差なんだろう。長く幻の中に晒された人程現実との乖離に付いてこれず、頭の中で必死に整理する。そうして片付いた人から目が覚める――そんな風になっているのだろう。


 まだ目覚めていない人達もいずれ現実に戻ってくるだろう。ある程度は魔導でなんとかなるものだけれど、どうにも数が多すぎる。彼ら全員を何とかしようとすると数日は足止めを喰らう事になるだろうし、生活自体はなんとかなっているから大丈夫だろう。一部の者に魔導を使えば、不公平感を生むことに繋がるだろうしね。


「それで……監視してた人達はどうしてるの?」

「一応もう一回深い眠りについてもらってる。後は……とりあえず女王陛下に報告して連れて行ってもらいましょうか」

「ここの憲兵には任せないのですか?」


 ジュールがどうしてそんな回りくどい事を……と思っているような顔をしているけれど、今更何を言っているのか。


「そんな事をしても、やってくるのはルーセイド領の兵士でしょう? どうせすぐに解放されるのが目に見えているわ」


 流石にそれは二度はしないだろうけれど……少なくとも何の咎もなく次の日には普通に生活しているだろう。一応私に刃を向けた人もいるし、そこらへんはしっかりとさせておきたい。


「そんな事をするなら面倒だし、殺した方が早いんじゃない?」

「ファ、ファリスさん!」


 心底面倒そうな顔をしているファリスに向かって叱責の声を上げるジュール。恐らく彼女は決闘以外で人を手に掛けた事がないからそういう感想が出てくるのだろう。対するファリスの方は何の抵抗感もないからそうした仕事もしていたことが容易に想像できる。


「だってそうじゃない。拘束し続けなきゃいけないって事は、監視とか面倒事がいっぱい。結局留まらなきゃならないし、殺した方が手っ取り早いよ」

「ですが、決闘でもないのに人を殺すなんて……」

「そんな甘い事言ってると、背中から刺されるかもしれない。ジュールはそういうところ、しっかりと自覚した方が良いよ」


 冷めた目で突き放すようにしているファリスだけれど、これは彼女が正しい。ジュールはまだ弱い。どこまで強くなったかは知らないけれど、少なくとも他人に気を掛ける程の強さは備わっていない。誰も殺した事はないからこその発想。いくら決闘で慣れていても、あんなものは所詮ごっこ遊びのようなものだ。本物の戦場を体験すれば、そんなちゃちな覚悟はいとも簡単に吹き飛ぶ。たかだか『お遊び』で踏み越えられるような境界線ではない。


 ――もっとも、雪風のように一線を越えても苦悩している人もいるんだけれど。


 次第に圧倒されてしまったのか、私に救いを求めるような視線を向けてくるジュールにため息がこぼれる。彼女は私が同類だと思っているのだろう。むしろファリス寄りの思考しているのにね。


「ティア様も何か言ってください! ファリスさんの言う事はやっぱり――」

「いいえ、ファリスの言う事は尤も、よ」

「え、ですが……」


 今まで私が決闘以外で誰も殺してこなかったのを知っているジュールは意外そうな目をしていた。確かに人殺しをしたことがなかったならそうも思ったかもしれない……かもね。


「私はただ、こんな雑魚殺すに値しないって思ってるだけ。殺した後更に面倒になるなら、最初から生け捕りにしておいた方が良い……そうでしょう?」

「流石ティアちゃん! それなら納得だよ!」


 ジュールとは対照的に今度は感激したファリスが詰め寄ってきた。


「そうだよね。ティアちゃんは聖黒族の次期女王なんだもの。弱いやつの血に塗れるなんて似合わないものね」


 興奮しているジュールは納得いってないみたいだけど、彼女には多分わからないだろう。


 昔の私は多くの人を殺し過ぎた。それこそ何の感情も起きない程には。だから今回は極力殺さないように努めようと思ったのだ。殺すこと自体は簡単だ。だけどその簡単な事をし続ければ、きっと昔の私に戻ってしまう。そうなれば、あの二の舞になってしまうだろう。例えそれが偽善的な行為になってしまったとしても、だ。

 誰彼構わず殺して他人に怯えられる人生なんて、もう二度とごめんだからね。

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