470・新しい町へ

 拘束した監視役の男達は、とりあえず鳥車に載せておくことにした。女王陛下やお父様に報告しても時間が掛かるし、その間は彼らの面倒を見なくてはならないからね。一応そこはジュールに担当してもらって、食事の時などは【コキュートス・プリズン】で作られた氷の牢獄の中でしてもらっている。誰か一人でも逃げ出されたら困るし、散り散りになったら殺すことも選択肢に入れる必要がある。それならいっそのこと、魔力で生み出した牢獄に閉じ込めて、そこで食事などはしてもらおうという訳だ。


 氷を選んだのは単純。人というのは身体が冷えてしまったら動きが鈍くなる。思考判断も低下するし、なによりコントロールが楽でいい。町の中でやると流石に気まずいから、彼らに食事をしてもらうときは町の外でしてもらっている。


「それで、これからどうするの?」


 今も【コキュートス・プリズン】に閉じ込められている男達を横目に、ファリスが今後の事について聞いてきている。恨めしそうにこちらを見ている彼らを前にして、よくも堂々としていられるものだ。世話をしているジュールなんて可哀想な視線を彼らに向けているというのに。


「そうね……ミッゼンゲルには立ち寄っただけだから、お父様達への手紙も出したし……彼らの食事が終わり次第目的地に向かおうと思ってるわ」


 ミッゼンゲルはルーセイド領の中でも大きな町だから、一度視察しようと思っていただけなんだけど、まさかこんなことになるとは思わなかったのだ。ルーセイド領がどれくらい栄えているかとか、噂がどこまで本当なのかとか知りたいだけだったんだけど……まあいいか。


「目的地?」

「ザインドって町ね。ここから北東に行ったところにあるごく普通の町で、近場にダークエルフ族の拠点が五つもあるところね」

「え……そんなに?」


 驚いているけれど、私だって初めて知った時は驚いた。何もそこに集中させなくてよかったんじゃってね。もちろん、他にも拠点があるから別に全てが終結してるって訳じゃないけれど……それでも多くの拠点が集中している場所はここだけだ。なんで散らばっている中でここにだけ集まっているのか。詳しくはわからないけれど、何かあるのは確かだろう。

 そういえばティリアース以外の国でも同じように拠点が集中している地域があったっけ。もしかしたらそっちも関係しているのかもしれない。


「何を考えてそんな事になっているのかわからないけれど、気になるでしょう?」

「そうだね。それじゃあ次の目的はザインドって町?」

「ええ。しばらくはそこに滞在して、彼らを引き取ってくれる兵士達を待ちながら拠点探索って感じになるでしょうね」


 実際どれくらい探索に時間がかかるかわからないし、その後も情報をまとめたりして次に繋げることが出来るだろうから、お父様達の使いを迎えるだけの時間は十分にあるはずだ。


「ん、りょーかい。ジュールも聞いてた?」

「……聞いてましたよ。ザインドですね」


 私達とは対照的に寒さに震える身体。若干顔も青くなってるし、完全に具合の悪い病人のそれになっている。

 ……まあ、あの氷の牢獄の中じゃ仕方がないか。発動者の私でさえ、近づく事を躊躇ためらう程の冷たさだものね。当然と言えば当然か。あんな寒さの中にいて、まともの会話を求める事態酷というものだろう。


 それでも彼女は監視していた男達を死なせたくなかったみたいだから、頭が下がる。


「よくそんな寒いところに居続けられるね」


 しばらく彼らの世話をした後、再び縛りなおして外に出てきたジュールに対して、ファリスは呆れた調子で笑っていた。


「他にお世話をする人がいませんから、仕方ないですよ」

「ティアちゃんに刃を向けてきたんだから、適当でいいと思うんだけど」

「そんな訳にはいきませんよ。いくら敵でもティア様が捕虜にしているんですから、最低限の安全は保障してあげないといけません」


 ジュールもわかっているみたいだ。ここで捕虜の扱いがぞんざいだった場合、必ず非難を浴びせられる。氷の牢獄に入れているのはまだ食事中に全員に逃げ出されても困るから――という理由で押し通すことが出来るだろう。まがりなりにも次期女王候補の私に刃を向けたのだから、多少は許されるだろうけれど、ここである程度寛大な対応をすればそれなりの評価が返ってくるというものだ。


 ファリスはそこらへんは理解できないらしい。他人の評価なんて気にする性格じゃないからそういう考えに至るのもわかる。私もこの世界に転生する前は考えもしなかったしね。広い世界に触れればいずれはまた違った感想を抱くはずだ。


「ジュール、ありがとう。貴女も少し休んだら次の町に行きましょう」

「私は大丈夫です! すぐに動けます」


 拳を握って力説するジュール。だけどそういう訳にもいかない。


「身体が冷えていたら上手く動けないでしょう。何が起こるかわからないのだから、休める時に休んでおきなさい。これは命令よ」

「わ、わかりました」


 強く両肩を掴んで優しく微笑んであげると、ジュールは簡単に落ちてしまった。座れる程大きな岩に腰を下ろして休んでいる彼女はどこか嬉しそうだった。


 ……さて、これからまた忙しくなる。今のうちに英気を養っておこうかな。

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