379・生き残り

「なんだか……すごく明るいですね」


 広い空間に入った私達が最初に抱いた感想はそれだった。

 照明の魔導具を使っているにしても量が多い。昼だと見紛うくらいだ。


「暗闇を作れば脱走の機会を与える事になる。出入り口が存在する広場は必ずこうなってるんだ」


 逃亡防止……か。

 確かに隠れられるような場所は全くない。更に暗さで身を隠すことも出来ない。ここに見張りがいれば、逃げる事はまず不可能だろう。


「やっぱり脱走しようとした人はいるんですか?」

「ああ。そいつらはもれなく【隷属の腕輪】で強制的に命令させられる。裸で殺し合いさせられていた奴らもいたけど、大体は抵抗できない状態で殴られ続ける。サンドバッグのようにな」


 裸にする事で屈服させる意味合いも込めているのだろう。考えるだけでも吐き気がするけどね。

 ジュールもアイビグの説明に青ざめて周囲を見回していた。恐らくここで起こったであろう凄惨な出来事を想像してしまったのだろう。


「それで、ここはどうなっているの?」

「ああ、右側の部屋が複数の出入り口で構成されている。この奥にはダークエルフ族の奴らの使っていた数部屋と……俺達の生活していた場所がある。何かあるとしたら、そこら辺しかないだろう」


 あまり知られると不味い施設にしては随分簡素な構造だ。もっとも、複雑にしたら管理が面倒なのだろうけれど。

 複製体の子達は基本的にないがしろにされているから、利便性が必要なかっただけなのかも。

 その割には魔導具でこちらの索敵を妨害していたり、何がやりたいのかわからないけれど。


 まあいいか。ダークエルフ族の事なんてわからないしね。

 とりあえず――


「ここに立っていても仕方ないし、早く奥に進みましょう」


 色々調べるなら早い方がいい。野宿の用意なんてしてないし、ここに泊まる気はさらさらないしね。


「ならこっちだ。付いてきてくれ」


 この建物の構造が単純なら、これ以上アイビグの案内も必要ないと思うんだけど……まあ、一度任せたのだから最後まで勤めてもらおうか。

 扉を開けて中に入ると、そこはさっきよりも明るさが落ちてより部屋らしさが出ている場所だった。


 人が生活するのに最低限の家具が置かれていて、三つほど扉がある。恐らく一つは食糧保存庫だろう。何かあった時の備蓄は絶対に必要だしね。

 もう一つは多分、アイビグ達が過ごしていた場所に繋がっているはずだ。まさかダークエルフ族が複製体の子達と一緒に寝る訳がないしね。


「扉が三つあるわね。二つは大体察しが付くけど……最後の一つは何?」

「あそこには俺達は入れなかったからわからない。ただ……ダークエルフの連中はそこによく出入りしていたよ」

「あたしも知らないよ」


 誰も知らない……という事は、複製体の子達が知る必要がなかったからか……それか知らせたくなかったかのどっちかだろう。何にせよ、確かめる必要がある。

 まだどれがどの部屋かはわからなかったけれど、アイビグ達の視線から彼らが入った事のない部屋は大体見当がついた。


「先に向こうの様子を確認しましょう」

「良いのか? 俺達のいた場所に先に行った方が良いんじゃ?」

「手がかりがより多く残っていそうな場所を重点的に探した方が良いでしょう。それなら、貴方達を近づけなかった部屋にこそあると思うのだけれど」


 アイビグが考えもしなかったという表情をしているけれど、それだけ『近づいてはならない』と刷り込まれているのかもしれない。今の話を聞けば、真っ先に確認しないといけないと思うはずだ。

 二人が躊躇しているのを尻目に扉に近づいて行くと……別側の扉がゆっくり開いた。


 ほぼ反射条件で警戒態勢に入ったジュールとアイビグの二人と違って、私は一人落ち着いていた。

 戦う気があるなら、最初から襲い掛かってきていたはずだ。なのにそんなのんびりと扉を開けるなんて、自分の居場所を知らせる愚行でしかない。

 スゥもその事をわかっているのか、力を入れずにのんびりとしていた。


「二人とも、落ち着きなさい」

「でも……!」

「そんな風に警戒してたら、入りにくいじゃない。まずは顔を見て話しましょう」


 二人に落ち着くように指示を出して、扉を開けた者が入ってくるのを待つ。しばらくの間動かずに様子を探っていると……観念したように一人の女の子が出てきた。


「……あなたたち、だれ?」


 たどたどしい喋り方に力強さを感じる。選択を間違えたら間違いなく敵になるだろう予感がする。

 見た目はドワーフ族で、褐色の肌が特徴的だ。白に近い髪と綺麗な緑色の瞳が美しい。


「私はエールティア。貴女と敵対する気はないわ」

「でも、そこのはちがうみたい」


 姿を見せたことで急激に警戒心が強まったのか、今にも攻撃を仕掛けてしまいそうだ。


「二人とも、落ち着きなさい!」


 大声で彼らを制して――ようやく少し落ち着きを取り戻したのか、身体のこう着を緩めて警戒するだけに留めてくれていた。

 一方……何故か私の声に驚いたドワーフの子は、扉の奥に引っ込んでしまった。


 さっきまでの力強さとはまるで嘘のようだ。『どうしようか……?』そんな空気が周囲に立ち込めた。

 出てくる気配もないけど、不用意に近寄ったら攻撃されるかもしれない。


 ……本当に、どうしよう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る