380・管理人
「……どうしましょうか?」
いつまで経っても出てこないドワーフ族の子に痺れを切らしたジュールは、私に判断を促してきた。
一応まだ冷静のようだったけれど、いつまでそれが続くかはわからない。
「……ここは二手に分かれましょう。私がここを見張っているから、貴方達は向こうの探索を――」
「その必要はありませんよ」
とりあえず動かないと……そんな気持ちで指示を出したけれど、それはさっきのドワーフ族の女の子が消えていった扉からの声に上書きされてしまった。
視線を向けると、そこには先程の女の子じゃなくて、利発そうな魔人族の少年がいた。金髪の切長の薄い赤色の目をしている。小さな丸メガネが利口さを後押ししているように見えた。
少年の背後には先程のドワーフ族の女の子がいて、彼の肩越しに私達の様子を見ている。どうやら、彼女がこの少年を呼んだようだ。
「貴方は?」
「僕はヒューマ。この施設の管理者です」
この場所に似つかわしくないひどく落ち着いた声音が耳に響く。殺気すら充満しているような部屋の中で、よくもそう冷静でいられるものだ。並大抵の精神力じゃない。
「管理者?」
前までここで暮らしていたであろうアイビグが驚いているのは意外だった。だってそれは、彼らが全く知らない存在だと言っているに他ならない。
だけど……それなら彼らは一体――?
「ええ。そういう風に生まれましたので」
「だ、だけど、俺達はお前達のことは知らないぞ……。ここで生まれて、一度も会ったことなんておかしいだろうが!」
「それは仕方ありません。僕とクーロは一番最後に生まれましたから。ちょうど貴方達が任務についた直後ですね」
「という事は、一年前か」
アイビグ達は納得したけれど、今度は私とジュールが混乱することになった。
だって、生まれて一年ってことは……まだほんの赤ん坊でしかない。
彼はどう見ても十五年は生きているようにしか見えない。女の子の方は十二年くらいかな。
成長して、会話もスムーズ。そして個性もはっきりとしている。
改めて根本的に何かが違うのだと教えてくれているようだ。
「え? 一年前……なんですよね? それなのに……」
「僕達はそういう生き物ですから。寿命は他の人と同じくらいですよ」
あっけらかんとした様子で説明してくれる彼に、ただただ唖然としているジュール。一気に情報を叩きつけられたような顔をしているけれど、無理もない。
私だって、結構驚いているしね。ただ表に出していないだけ。
「ひゅーま。だいじょうぶ?」
「ええ。問題ありませんよ。彼女達はきちんと話が出来るようですので」
慈しむように女の子の頭を撫でて、嬉しそうに目を細める。
女の子の方も気持ち良さそうにしていた。
「それで……貴女がたはここに何の用ですか?」
「……私達はここに情報を求めて来たの。ダークエルフ族が次に何をするのか……それを知りにね」
顎に指を添えて何か考えるような仕草をしていたヒューマは、納得したように私達が入ろうとした扉に歩いて行った。
一瞬立ちはだかるのかと思っていたけれど、彼はその扉を開いて、中に入るように促すような仕草を取っていた。
「貴女達の知りたい事が見つかれば良いですね」
「……本当にいいの? 貴方はここの管理者なんでしょう?」
私達はいわば侵入者だ。それを排除しないでむしろ案内するなんてどういうことだろう?
「ええ。僕はこの施設を守るだけ。害する気がないのであれば、ご自由にお使いください。腕輪にも『何があってもここを死守する』という命令しか下されていませんからね」
ふふっ、と微笑む彼は……やはりこの拠点には似つかわしくなかった。
「随分と簡単な命令で済ませているのね。てっきり徹底的に隠滅するか、厳重に守るものとばかり思っていたから拍子抜けだわ」
「僕は従順でしたからね。腕輪の強制力は思考能力を奪いかねませんから。ここでまた何かをしようと思うのでしたら、最低限の命令で言うことを聞く者の方が重要……でしょう?」
なるほど。彼もアイビグと同じように上辺だけ忠実さを装っていたというわけか。
真実はどうかわからないけれど、信じても良いような気がする。
「わざわざ自分で従順だったって言うかな」
似たようなことを言っているからか、アイビグはどこか親しみを覚えたようだ。
「自由に……とまではいきませんが、ここから動かなければ割と快適ですよ。食事はクーロが仕入れてくれますからね」
後ろにいた女の子――クーロはヒューマに頭を撫でられ得意げだ。
なるほど。ヒューマだけでは飢え死にしてしまう。だからクーロが残っているのだろう。二人の様子を見ると、それだけじゃない気がするけど。
「それじゃあ、案内してくれるって事でいいのよね?」
「ええ。構いませんよ。ただ……」
爽やかな笑みの中には何か悪い事でも考えているような……そんな顔をするものだから、ジュールが少し警戒の色を強めた。
「……ただ?」
「外の世界の話を聞かせて欲しいのです。クーロはともかく、僕はこの施設の周辺以外は歩けません。外では誰がどんな風に生活しているのか。どんな景色が広がっているのか……知りたいのです」
目をキラキラさせながら私に詰め寄ってくるその姿は、まるで無邪気に喜ぶ子供のようだった。
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