378・ヒューザードの隠れ家

 宿を抑えた私達は、そのままアイビグの案内で早速彼らの拠点に向かうことにした。

 普通、誰もが使っている道というのは雪が踏み固まっているものだけれど、ここは全く違う。ふわふわで誰の足も付けられていない。真っ白な花嫁のようだ。森の中にいるからか、木々の一つ一つが観客のようにも思えてくる。


「本当にここで合っているんですか?」

「ああ。間違いない。他にも幾つかルートがあるけど、ここは一番遠い道。知ってはいるが、誰も通らない道だ。だから雪もそのまんまなんだ」

「わざわざ遠い道を通る必要あるんですか?」


 歩いている間、ジュールは執拗にアイビグに質問してしていた。少しうんざりしている顔が見えるけれど、それも仕方ない事だろう。

 彼女はアイビグの事を全く信用していない。恐らく、ボロを出さないかどうか見張っているのだろう。


 そのおかげで私から質問する必要がないから助かってるけどね。


「ここでダークエルフの連中と鉢合わせする必要ないだろう。何人いるかもわからないし、どれだけ時間が掛かるかも不明だ。少しでも早く拠点について中を調べるなら、この道の方が正解だ」

「アイビグの言うこと、本当だよ」


 あまりにも疑うものだから、スゥも助け舟を出してきた。

 全く……あまりにも疑いすぎだと思う。いい加減私からも何か言ったら方が良いかと思ったのだけれど――


「まだ色々聞きたそうだけど、そろそろ着くぞ」


 不満そうに口を開こうとしているジュールを遮ったアイビグは、少しほっとした顔をしていた。

 ようやくこの問答から解放される――そんなうんざりとした表情だ。


 アイビグの言う通り、そこから少し歩くと、遠くに森に隠れる廃墟のような建築物が確認できる。


「あれがそう?」

「いや、あれは目印にしか過ぎない。敵を誘き寄せる罠としても使ってて、掛かった奴は中の罠にやられるって寸法だ」


 なるほど。ちゃんと場所を知ってないと罠の餌食になるって訳ね。よく考えられている。


「あの廃墟から青い花畑が見えるだろう? あそこには扉を隠している。ぱっと見ではわかんねぇけど、ちゃんと目印も置いてある。それがわかれば誰でもわかるように、な」


 ジュールが私にどうするのか? と問いかけるような視線を向けてくる。敵地に足を踏み入れかけているからこそ、これ以上話すのは得策ではないと判断してくれたのだろう。


 静かに頷くと、ジュールはあまり納得していない様子だけど沈黙を守ってくれるようだ。

 周囲を警戒しながら静かに近づく。廃墟が少しずつ見えてきて――確かにアイビグの言う通り、青い花畑が姿を表した。


 廃墟を通り過ぎて、何の警戒もなく花畑の方に入っていく。

 何かあるのではないか? と不安な気持ちになっていたぢけに、拍子抜けだ。


 青い花が幾つも咲いたその場所にはぽつんと墓が建っていて、えらく質素な光景だけど……。


「お墓? なんでこんなところに……」


 目印にしては分かり易すぎる。こんな廃墟に質素でも墓が一つあるだけなんて見つけてくださいと言っているようなものだ。


「これも囮のようなもんだ。ここから墓を背に二十歩。そこに入り口がある」


 妙に凝っているけれど、もし墓が壊されたら、動かされたりしていたらどうするんだろう? そんな疑問が頭の中に湧いてくるけど、今問を投げかける事はしなかった。


 後でいくらでも聞ける。今は別の事に集中した方がいい。

 アイビグの言う通りに二十歩数えて歩くと――踏んだ感触に違和感があった。

 地面を踏んでいるのはわかるけれど……何か下にあるような……そんな感じがする。


「ここ?」

「そこだ。ちょっと待っててくれ……」


 アイビグは私が踏んでいた辺りの地面を探って、変な窪みを見つけた。その窪みに何か丸い玉を取り出して嵌め込む。

 すると――大きな音を立てて地面が割れて、穴が姿を表す。

 がっぽりと大きく開いた穴には降りられる階段と、等間隔に設置されているろうそく。見るからに怪しい穴だ。


「……今度も罠って事はないんですよね?」

「流石にこれ以上罠はない。俺達が知っている場所と同じなら、だけどな」

「多分、大丈夫」


 なんの根拠もない『大丈夫』だけど、ここで立ち止まっている場合じゃない。


「先頭はアイビグ。後方にジュール。真ん中に私。それでいいわね?」


 拒否権はない。そう目で訴えるように力強い視線を送る。

 二人とも頷いて、アイビグは前。ジュールは後ろで警戒しながらゆっくりと階段を降りて行く。

 前後の二人が注意を巡らせている間に、こっそり索敵系の魔導を発動させる……のだけど、変に乱れていて、あまりよく見えない。


 恐らくこういう魔導を妨害する魔導具を使っているのだろう。随分と念入りな事だけれど、これくらいは守りがないとね。


 僅かに照らされている薄暗さの中、何も言わずにただ静かに降りて行く。

 たったそれだけの事が随分と長く感じる。


 このままずっと続くんじゃないか? そう思った矢先、私達はまっすぐ続く通路へとたどり着く。

 そこから先には広場になっているようで、ろうそくとは違った灯りが漏れ出ていて、まるで昼間のように明るく見えた。


 あそこは……一体何なのだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る