360・無色透明な戦い

「ティアちゃん……」

「ファリス、下がっていなさい。ここは――私一人で十分よ」

「剣は使う? 兵士のがあるけど……」

「いらない」


 ゆっくりと上半身を低く構える。私もファリスも人造命具以外の武器を持っていない。

 ファリスはどうか知らないけれど、私は他の武器を持つとすぐに壊してしまう。

 戦闘に熱くなってどんどん力を解放していくと、並の武器ではもたないからだ。


 信用出来ない武器は必要ない。


 静かに。姿勢を保ったままじっと動かず、周囲の気配を探る。

 ゆっくりと深く息を吸って、なるべく音を立てずに緩やかに吐き出す。

 頭の中で溜まっている雑念や滾る感情を全て冷やして、そっと目を閉じて暗闇を意図的に作り出す。


 全てが静寂に包み込まれ、身動き一つしない今の私には、色んなものが必要以上に聞こえてくる。

 ファリスや兵士達の呼吸。瓦礫が僅かに崩れた音。吹いた風。そして、可能な限り静かに動いているのだろう……小石や細かい砂を踏んで歩く音。


 一度分かればはっきりと感じられる。もちろん、今の状態でしか知覚出来ないけど全然問題ない。

 目を閉じてるからどれだけの時間が過ぎているかわからない。意識を集中――


 ――ッ!


 地面を蹴り、聞こえてくるのは風切り音。そして漏れ出るほんの僅かな殺気。

 左斜めから襲ってくる斬撃の剣筋を読んで、数本の髪と引き換えに得られた絶好の機会。それを決して逃さず、正面にいるであろう彼に拳を繰り出す。


「【ポイントシールド】」


 彼を捉えた拳と残った腕を交差させ、何もないであろう場所に防御の魔導を発動させる。

 鈍い音が響いて、重たい感触が伝わってくる。それを跳ね除けて追撃をしかけるけど、流石にそれを許す程甘くはないようだ。

 空振りはしたけれど、彼らの方もその隙を突くような事は出来なかったようだ。


 再び訪れた沈黙。慌てず、騒がず……再び攻撃を仕掛けてくるのを待つ。

 聞こえてくる足音は私の周囲を動いて攻撃の機会を窺っているようだった。


 そう、どうせ戦うしかない。彼らがダークエルフ族の命令に逆らえない以上、たった一回の攻防で撤退する事はあり得ない。

 必ず再び仕掛けてくる――それは確実だった。


 だけど、向こうは必要以上に警戒していて中々攻めてこない。じっとしているとじわじわと焦りが浮かんでくるけれど、そこでじれったい思いをして我慢しきれず攻めてしまったら、向こうの思惑通りになってしまう。


 焦らず……静かに心を澄ませて機会を窺う。こういう根競べで必要なのは落ち着くことだ。

 やがてしびれを切らしたアイビグは再び攻撃を仕掛けてきた。漏れ出た僅かな殺気を頼りに、再び放たれた斬撃を上手くかわし、全く同じ流れで拳を放つ――のだが、確実に捉えたと思ったそれは見事に空を切る。


 斬撃の軌道と殺気で大体の位置を予測して攻撃したはずなんだけれど……まさか避けられるとは思ってもみなかった。

 更におまけとでも言うかのようにパキパキと氷が鳴る音が響き渡って、空中に氷の矢が出現する。複数のそれらが私に向かって襲ってくる。


 避けるのは別に問題ないのだけど……これでは目を閉じて集中するなんてことは出来ない。恐らくスゥのせいだろう。妖精族は魔導に長けているしね。

 全く、厄介な相手だ。こちらの集中を乱してくる事に長けている。


 氷の矢が止んだ頃、次に襲い掛かってくるのは鋭い風の刃。絶えず魔導を発動させて妨害するつもりらしい。

 風が収まったころに放たれたのは炎の矢。次は水の矢……立て続けに放たれた魔導に混じって放たれる殺気。

 どんなに気配を殺す事の出来る達人であっても、僅かに殺気が漏れる。人を殺すときにそれに意識を向けずに刃を振り下ろす事なんて出来ないからだ。


「【ポイントシールド】」


 回避が間に合わないと察した私は、再び防御の魔導で放たれた斬撃を受け止める。

 鈍い音、重い感触。確実にそこにいるのはわかる。そこから切り返すような風切り音が聞こえた。もう一度【ポイントシールド】で防いで攻勢に移る。いるであろう場所に拳を叩きこむ。


 相変わらず空を切る。このままでは埒があかない。


「【レフレルクス】」


 上空に出現した光の弓が矢を番え、何もない空に撃ち出される。光の矢が上から下に弓なりに落ちて行く。そのまま複数に分かれて、私の周辺に矢の雨を降らせる。


 それに対して魔導で生み出された炎や氷、水の矢が迎え撃ってきたけれど、相殺しきれずに次々と地面に突き刺さっては消えていく。


 だけど――


「そこ、見えてるわよ」


 回避が間に合わず、剣で弾いているのだろう。カキン、キンッ、と音が響いてくる。

 光の矢も地面に落ちる前に消えて、今も尚そこにいるとわかる。

 場所さえわかれば後は簡単だ。絶えず降り注ぐ光の矢が途中で弾かれている空間に向かって思いっきり拳を振りぬく。

 確かな手ごたえを感じると同時に透明化がゆっくりと解けて行って――アイビグが姿を現した。


「は……ははは、やっぱ……無理か」


 乾いた笑みを浮かべたアイビグは膝を付いて崩れ落ちていた。

 ……まだやれそうに見えるけれど、どうやらこれ以上は戦うつもりはないようだ。

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