361・切り上げられた戦い
ショートソードは手放さなかったけれど、膝を付いた状態からそのまま座り込んで戦意を失った事をアピールしているアイビグに歩み寄ると、力のない笑みを浮かべて私を見上げていた。
「もうおしまい? まだまだやれるみたいだったけど」
「命令に逆らえないって言っただろ。逆らわなきゃ問題ないってことだ」
つまりとりあえず命令を聞いておけば、後はどういう風にしても構わないって事なのだろう。
「ふぁ……めんど……」
「そうそう、勝てないってわかってんのに本気でやり合うなんて面倒だからな。絶対出来ない事を一生懸命やるアホになるくらいなら、適当に受け流すバカになった方がいいさ」
自虐するように笑っているけれど、そういう事も大切なものだと思う。
確かになんにでも一生懸命なのは悪い事じゃない。だけど、それは場合にもよる。
私が言うのもなんだけど、たった一度の命。本来なら生涯に一度限りの人生なのだ。時に逃げる事は必要だろう。
「……なんかわかる気がする」
あんまり納得していない顔をしているけれど、ファリスも基本的に力を抜いて戦っている。私と戦った時は全力だったけど……魔王祭――決闘の枠外を出た命のやり取りの経験が少なかったからだろう。生への執着心や貪欲な渇望がない。だからこそ、力を抜いて適当にやるという事の意味が伝わったのだ。
「気を悪くしたなら謝るぞ」
「別に。価値観は人それぞれだし、貴方達がそれでいいなら文句ないけれど……ご主人様の方はどう思うかしら?」
「ああ、それなら大丈夫だ。今頃どっか適当な国にとんずらしてるだろうからな」
あっはっは! と笑う彼からは、悲壮感なんて全く感じられず、むしろあっけらかんとしている。
むしろ離れられてせいせいしているという気持ちすら伝わってきそうだ。
「……これほど人望がないなんて本当に哀れね」
「そんなものだよ」
ファリスですら『何を今更……』と呆れていた顔をしている。やっぱり彼らの下についている複製体達にとって、ダークエルフ族が大体酷いのは共通事項のようだ。
「あいつら、俺達が過去の奴らの複製体だからって威張り散らして見下してたからな。一部を除いて大体はついて行かねぇだろ」
「その一部のは?」
「骨の髄まで洗脳されちまった奴らと妄信した気狂い。後は戦えればなんでもいいっていう戦闘狂くらいなもんだ」
随分多いような気がするけれど、要するにまともな思考をしていればまず付き従う事はないって事だろう。
「……仕事、面倒」
「そうだな。家畜のよりも扱いが酷いなら、俺達もそれなりにこなすだけだ。『隷属の腕輪』も、命令出来ない位置にいるならなんの意味もないからな」
指でピンと自らの腕輪を弾いたアイビグはにやりと笑ってショートソードから手を放す。
そう、『隷属の腕輪』には恐ろしいほどの強制力がある。裸で踊れと言われれば本人の意思に関係なく服を脱いで踊る事になるし、棒立ちのまま死ねと命令されれば、微動だにせずに殺されるのを待つ廃人になる。
それほどまでに強い力を持っている腕輪だけど……主が視認できて命令出来る範囲にいないと有効にはならない。ワイバーンで空から拡声系の魔導具を使ったり、遠距離からの伝達魔導を使っても意味がないのだ。
確かに命令されれば南の地域から北の地域まで離れていても関係ない。絶対的な強制力を発動させる。だけど肝心な主からの命令を直接貰う事が出来ないのなら『隷属の腕輪』はただの装飾品にしか過ぎない。
彼らは恐らく――
「私達の足止めを命令されているのでしょう? だから色々試して時間を稼いでいる」
あの透明化の魔導は強力だったし、ただ姿を消して斬りつける以外の活用法があったはずだ。
しかもアイビグとスゥの二人がいるのに、魔導は得意そうなスゥが中心になっていた。
斬撃も単調だったし、ちぐはぐな感じが目立ったのだ。
「バレたか。ま、俺達はあいつらの望んだ通りの仕事をし続けてきたからな。違う奴等は悲惨だぜ。なにせ、本人の意識とは関係なく本気で足止めを命じられてるんだからな」
「……働いたら、負けかなーって思ってる」
「はは、確かにな。こんな使い捨ての駒として仕事を全うしろ……だなんて負け犬も同然だからな」
戦いに向ける勢いや意気込みが違うからあまり相性が良くないのかと思ったけれど……そんな事は無さそうだ。
むしろ二人とも根はかなり似ている。相性が良いからあんな風に連携することが出来るんだろう。
「とりあえず、これ外してくれないか?」
腕輪の方を指差してるけれど――
「それ、外せると思う?」
「初代魔王は外す事が出来たらしいよ」
教えてくれなくてもそれはわかる。問題は私が外せるかどうか? という事だ。
正直、一度も試した事ないから外れると断言する事は出来ない。むしろなんで外せる前提なのかが理解できない。
「え? 外せないのか?」
「外した事なんてないけど……」
そんな予想外みたいな顔をするのはやめて欲しい。私だって万能じゃないのだから、なんでもかんでも出来るわけじゃない。
……仕方ない。いい機会だから試してみましょうか。
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