359・一区切り

 治療を終えた私は、一息ついて周囲を観察する。

 鎧は無意味な破壊工作はしないようで、建物にはあまり被害が出ていなかった。


「ティアちゃん、終わったー?」


 偵察に出ていたファリスは、私の手が空いているのを見つけて思いっきり手を振っているようだった。

 苦笑いで振り返してあげると、喜んで更に強く振ってきた。


「お待たせ!」

「おかえりなさい。どうだった?」

「うーん、近くには誰もいないみたいだよ。だけど、離れた場所からこっちに近づいてくるのはいるみたい」

「誰かはわかる?」

「んー、ちょっとわからないかな」


 遠くにいるのは偵察してない……と。

 大方魔導で調べたのだろう。行ったのなら、姿まできちんと確認するだろうからね。


「ありがとう。それならここに来るまで待っていましょうか。ちなみに数は?」

「二つ――じゃなかった。二人だね」


 わざわざ言い直すファリスに可愛さを感じながら、大体の推測を立てる。

 二人ということに一瞬はレアディとアロズの二人かも……と思ったけれど、彼らは私達の目の前で分かれていた。


 ――という事は、今ここに来ようとしている二人組は全く知らない『誰か』ということだろう。


「ファリス。息のある人はどこか邪魔にならないところに移動しましょう」

「わかった!」


 頷いたファリスと一緒に治療を終えた兵士達を移動させる。

 動かない人というのは普段以上に重く感じる。苦戦しながら粗方それを終えた時。その二人組はやってきた。


「…………だるい」

「もうちょっとだから我慢しろ」


 かなり面倒くさそうにふわふわ浮いてる小さい方の妖精族の女の子と、獣人族の男の子だった。

 その中でも白虎種と呼ばれる種族の男の子が、薄い黄色の髪に透き通るような綺麗な羽を持ってる気だるげな女の子を諫めていた。明らかに知らない顔の二人は、場所が違えば平和な風景に溶け込んでいるだろうと思えるほどの気軽さで歩いてくる。


 私達の姿をその視界に捉えたまま、状況を把握した男の子の方はにやりと笑った。


「やっぱ、あの人形じゃ駄目みたいだぞ」

「えぇー……」


 がっくりと肩を落として更にテンションが下がっている。ここまでやる気のない相手は見たことがない。


「この子たちは……」

「知ってるの?」

「いいえ。全く」


 意味ありげに驚いたからてっきり何か知ってるのかと思ったけれど……やはり期待外れだったようだ。

 ファリスの様子から察すると、記憶すら存在していないみたい。この子は本当に他人に興味がなかったのだろう。

 ローランの事は見てたから全く……という訳ではないだろうけれど。


「全く……って散々一緒に訓練してきただろうが。薄情な奴だな」

「だって、知らないんだもん」

「ちっ、まあいい。あんたがティリアースの姫さんだな」


 ファリスと話しても埒が明かないと判断したのだろう。私に若干疲れた顔を向けて話しかけてくる。

 さっきまでの戦いが好きそうな笑顔は完全に消滅して、片方は面倒そうに目が半分閉じかけていて、もう片方は疲れてやる気を失ってしまっていた。

 なんだろう。これは確実に戦うという雰囲気ではない。


「そうだけど……貴方達は?」

「俺はアイビグ。で、こいつはスゥだ。ハージェンの――ダークエルフ族の命令でお前を殺しに来た」


 随分と真っ直ぐな男の子だ。こういう子は結構好きだ。


「殺しに来た……ね。ストレートでいいわね。それで……出来ると思う?」

「いいや。全く」


 てっきり自信があってきたのかと思ったけれど、全然勝てないと思ってても尚来るなんて思ってもみなかった。

 それならなんでわざわざここに来たんだろう?


「え、じゃあなんでここに来たの?」

「そりゃあ、決まってるだろ。あんたと違って、俺達は逆らえないんだよ」


 すらりと抜いたショートソードは一般の物よりもかなり分厚い。スゥと呼ばれた妖精族の女の子は……戦闘態勢すら取っていない。


「そっちの子はやる気がないみたいだけど」

「いつも通りだ。気にするな」

「え、いやすっごい気になるんだけど。本当に戦う気あるの?」


 私の言葉を代弁してくれたファリスは、呆れた顔をしている。

 アイビグのやる気は確かに感じられるけれど、スゥの方からは欠片も感じられない。むしろ今すぐ帰りたいって顔をしている。

 こんなちぐはぐな二人とどう戦えばいいのだろう? 戦いとは雰囲気や勢いというのも大切なのに、既に流れが彼らの方に向いているようにすら感じる。


「スゥ。頼むぞ」

「うーい……」


 気だるそうにアイビグの肩にしなだれかかるように止まっているスゥは、むにょむにょと小さく何かを呟いている。

 読唇術の心得があれば何を言っているのかわかるんだろうけど……彼女が何を言いたいのかまるで伝わってこない。


「【――――】」


 それが魔導だと気付いた時には遅かった。すーっと下から上にかけて透明になっていって見えなくなった。

 急いで魔導で地図と敵を認識する魔導を発動させたけれど、既に時遅し。地図には何も表示されない。

 敵も味方も……自分自身も。


「やられた……」


 こちらの探知系の魔導を阻害しているのだろう。こうなったら、真っ向から透明な相手と戦うしかない。

 ……いいだろう。わざわざ目の前に現れてくれたんだ。不意打ちしないだけ誠意を感じる。


 だから――こちらも誠意をもって応えよう。

 決して逃げたり、他人に任せたりしない。彼らは……私がしっかりと相手をする。

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