193・新年のガネラ
ルスピラからガネラに年月が移るまで、宴は続いて……終わった時にはガネラの1の日の朝だった。
流石に深夜まで起きていたせいで、ちょっと眠い。私がこれほどなのだから、ジュールや雪風はもっとつらいだろう。
ようやく館に帰ってきた時は、思わず安堵の息が漏らした。仮眠を取ったと言っても、疲れと眠気は早々取れるものじゃない。回復系の魔導使えば、あっという間に解決するんだろうけど……なんでも魔導頼みになったら、いざという時に困る。だからこそ、私にも雪風にも使わないようにしていた。それのツケが今やってきたって感じだ。
「まさか夜通しするとは思ってませんでした……」
眠たげにまぶたをこすってるジュールの気持ちは、私も経験したことがある。というか、子供の頃は眠気に勝てずに普通に眠ってた。目が覚めた時には知らない場所にいてかなり戸惑った事を思い出してしまう。あの時はコクセイ城の一室のベッドに寝かされていたっけか。
今は女王陛下が寝室に戻られるまでは我慢できるようになったから、少しは大人になったのかもね。
「ラディン様は一晩中起きてらしたのに、今でも普通にお仕事を為されておりますね。流石領主様です」
雪風の方は一日中起きていたらしく、お父様が何をしていたか興奮気味に語っていた。
彼女にとっては目の前で貴族同士のやり取りを見る事すら興味の対象だったのだろう。目の下に少し隈が出来ているけれど、元気な方だった。
「雪風……貴女、ちょっと寝た方が良いんじゃない? 今日は私もどこにも行かないから」
「ですが、それではエールティア様の警護が――」
「それくらい、館の兵士達で十分よ。それに……寝不足で判断力が鈍ったら困るでしょう?」
「む……むぅ……で、です――」
「それに、いざ敵襲に遭った時、眠気があって実力を出せませんでしたとお父様に言い訳する?」
ここぞとばかりに畳みかけたけど、そもそもこのタイミングで襲撃しようとするような馬鹿は、まず貴族として生き抜くことなんて出来ない。彼らは基本的に、他人を喰らって生を得る人種だからね。
私達に奇襲を仕掛けたらどうなるか……そんな当たり前の事に気付けない愚か者に未来はない。
「……わかりました。それではお言葉に甘えて、少し休ませていただきます」
「ええ。私も自分の部屋で休むから、何かあったらすぐに来る事。いいわね?」
「御意!」
少し恰好付けるように頷いて、雪風は自分の部屋に戻っていった。一応、私の警護担当というだけあって、近くに個室が与えられている。彼女も、すぐに眠ってしまうだろう。
「ティア様、私の方も……」
雪風を最後まで見届けた私に、ジュールは少し真剣そうな視線を向けて来ていた。
それにはどこか申し訳なさそうにするものも混じっていたからか、なんとなく彼女の言いたいことが予想出来た。
「ええ。おやすみなさい。ジュール」
「は、はひ……」
とうとう眠気が我慢できなかったのか、生あくびを噛み殺すように相槌を打ってきた。今までも眠気を堪えながら話をしているわけだし、仕方がない事だろう。
「あまり寝過ぎないようにしなさいね。夜、眠れなくなるから」
「わかりました……」
ふらふらと自室に戻っていくジュールを見送って、私も部屋へと戻ることにした。
宴の席では本当に色んなことが起こった。アルティーナの宣戦布告に女王陛下との会話。考えさせられる事もあったし、今回の宴は為になる事も多かったと思う。
「王位継承権争いか……面倒な事になったなぁ……」
外行きの服から寝る時に使ってるネグリジェに着替えて、ベッドの方に横になる。それだけで、やんわりとした疲労感と、眠気が襲いかかってくる。
ぼんやりと呟いた言葉が天井に消えていくのを眺めて、ゆっくりと目を閉じる。暗い闇に意識が吸い込まれていくのを感じながら――あっという間に眠りについた。
――
目覚めた時にはぼろぼろの廃墟の中にいた。ズタボロの服に、長い髪の先を見ると薄汚れているのがわかる。
「ああ、また目が覚めたんだ……」
絶望する私に容赦なく空腹が襲いかかって、昨日仕留めて焼いたウサギの肉を齧ると、微妙に砂と土の味が混じる。
周りを見渡すと、そこには
無感情にそれを眺めながら、ただ肉を齧る私。
早く醒めてほしい……。そう願っても、この悪夢は終わらない。明らかにそれが夢だとわかっているのに、これが昔の出来事だと知ってるのに……この夢は私に突き付けてくる。
――お前は化け物なのだと。
――決して人と相いれることはないのだと。
あの死体の山が、その血生臭い風が、このほとんど味のしない肉が、私に過去という剣を突き刺してくる。
年一番初めに見る夢。過去に経験した思い出したくない記憶。永遠に続くんじゃないかという悪夢に苛まれながら、私はただ、この夢が醒める瞬間を待ち続けた。
そのままここが現実なのかと錯覚しそうになった時。ようやく意識が遠くなるのを感じて……次に目を開けた時。そこにあったのは、見た事のある天井だった。
暗く重い気持ちになりながらも、日差しが差し込むのを感じて、安堵のため息を静かに吐いた。無事ここに戻って来れた事に、感謝するように。
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