194・悪夢の尾
新年早々こんな夢を見せるなんて、神というのはよっぽど私の事が嫌いらしい。それか、昔の出来事を忘れるな、という戒めのつもりか。
何にしろ、毎年こんな物を見せられる気持ちにもなって欲しい。今年はまだ穏やかな方だったけれど、去年なんて本当に酷かった。
嫌な気持ちになりながら、それでもまだ少し眠い頭をどうしようかと悩んでいると、ノックの音が聞こえて来た。
「ティア様、起きてますか?」
「……今目が醒めたところ」
少し不機嫌そうに返したのが不思議だったのか、驚いた表情で部屋に入って来た。
「どうしました?」
「ううん、なんでもない。それよりどうしたの?」
八つ当たりだと分かっていたから、なんとか今の感情を隠して、取り繕った。
「はい、お茶の時間になりましたので、ジャンブルのお茶とクッキーをお持ちしました!」
嬉しそうに笑ってくる彼女の姿を見ると、少しだけ心が落ち着くのを感じる。ジャンブル……確か生姜と同じ食べ物だったはず。気持ちを温めるのにはいいチョイスだと思ったけど、まるで今の気分を知っているみたいだけれど……流石にそれはないか。
「ありがとう。そっちのテーブルに置いてくれる?」
「はい!」
「それと、タオルと着替えをちょうだい」
背中が汗ばんでいるのを感じて、ジュールからタオルを受け取って汗を拭き取った後、テーブルの方に向かう。既にお茶の方も淹れて準備してくれていた。
「それにしても珍しいわね。いつもなら深紅茶を淹れてくれるのに」
「偶には気分を変えて……と思いまして。駄目ですか?」
「ううん。ちょうど気分転換したいと思っていたところだから」
淹れてもらったジャンブルティーに口を付けると、生姜と花の香りがする。妖精族がフーロエルの蜜と呼んでる魔力を豊富に含んだ花の蜜だ。本来、妖精族はこれだけで身体に必要な栄養が摂取出来るという代物だ。純度の高いものになるほど、とろりとした透き通った琥珀色の液体になるんだとか。
そのままクッキーの方にも口を付ける。こちらも同じように生姜のさわやかな辛みと砂糖の甘味が引き立っている。北の方の食べ物は、心の中まで暖かくする方法を知っているみたいだ。
世界樹によって気候を守られているサウエス地方では、中々考えつかない料理法で、これを伝えた人は称えられるべきだろう。
「ど、どうですか?」
「偶にはこういうのも悪くないわね。とっても美味しい」
「よかったです」
私の表情を窺っていたジュールは、ほっとしたような顔で安堵していた。それだけ、不機嫌そうな顔をしていたのだろう。
「ティア様、その……何か悪い夢でもみられたのですか?」
「……そうね。最悪――最低の悪夢だった。毎年見るけど、慣れなくてね。そのせいで貴女にも迷惑かけてごめんなさい」
「いいえ! そんなことありません!」
強く言い切るジュールの顔が、いきなり顔が間近まで迫ってきて、思わず上体を逸らして距離を取ってしまう。
「ジュール、ちょっと落ち着きなさい」
「す、すみません。ですが、ティア様の事を迷惑だなんて思った事、一度もありませんよ。私はいつだって貴女様の事第一なんですから」
真剣な表情で迫られると、ちょっと気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「わ、わかったから。少し離れて……」
「あ、す、すみません……」
ジュールも自分が何をしているのかわかったようで、顔を赤くしながら後ろへと下がっていった。
こっちも顔が少し赤くなってたから、多分同じように照れてるんだと思う。それを隠すようにジャンブルティーに口を付ける……んだけど、身体を暖めるこの飲み物は、今は逆効果のようだった。
「……ティア様」
何とも言えない気まずい空気に包まれたからか、その雰囲気を打ち崩そうと声をかけて来た。
「あんまり一人で抱え込まないでください。もっと相談して、もっと頼ってください。レイアさんやリュネーさんも、きっと同じ事を言ってくれたはずですよ。貴女様は一人じゃありません。ですから……自分から独りにならないでください」
ジュールの一生懸命な気持ちに、胸が熱くなるのを感じる。悪夢を見て気分がささくれ立っていただけだけど……彼女はそれを含めた普段の私に対して言っているようだった。
胸に突き刺さるような気持ちになる。申し訳ない気持ちが湧いてきて、辛くなる。
でも――
「ありがとう。ジュールの気持ち、しっかりと受け止めたから」
私はジュールを含めたみんなを危険に合わせるつもりはなかった。彼女達と私は違いすぎる。
私に合わせれば、彼女達は大怪我をするかも知れない。最悪……死ぬかも知れない。そんな事に巻き込むような事はしたくない。大切だから、失くしたくないから。だから、気持ちだけ。想いだけはきちんと心に留めておこう。
ジュールの言葉は嬉しかった。今も苛むように尾を引く悪夢を断ち切ってくれるくらい。こんなにも自分を想ってくれる人がいる。
それだけで私は戦い続けることができる。例え戦場では独りでも、帰れるところが確かにある。昔とは違うのだから。
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