186・既得権益層『貴族』

 憂鬱な気分で一日を過ごした次の日。気持ち自体はあまり晴れなかったけれど、新年を迎える準備をしたりしている内にあっという間に時間が過ぎた。……というか、普段学園で生活しているせいで疎かになりつつあった令嬢としてのマナーを改めて叩き込まれていたからなんだけど。


 そのまま二日が過ぎて、現在はルスピラの30の日。夜には聖黒族の王族達が集まって新年を迎える為の宴が始まる。


「エールティア様。準備は出来ておられますか?」


 夕方近く。私は自分の部屋で、持ってきたドレスに着替えていると、雪風がノックと共に入ってきた。


「もうすぐ終わるけど……どうかした?」

「はい。こちらの方は支度が整ったと、ラディン様から言伝を頼まれました」

「……心配性過ぎるのも、どうかと思うけれどね」

「そう仰らないでください。ラディン様の気持ちも少し察してください」

「わかってるから言ってるんだけどね」


 お父様は少し前の暗殺騒ぎに過敏に反応しすぎていると思う。護衛には雪風がついているけれど、下手をしたら後十人はついていたかもしれない。

 別に私やお父様は強いんだから、あまり気にしなくてもいいとは言ったんだけれど――


『いくらお前が強くても、親が子供の心配をするのは当たり前だ。少しはこちらの気持ちも汲んでくれ』


 なんて言われたら、言い返せなくなってしまったのだ。だから、雪風を付ける事だけ、受け入れたという訳だ。


「ところで、あの子供達が使っていた拠点はどうなってた?」

「はい。やはりもぬけの殻でしたね。恐らく、最初から失敗する事前提だったのでしょう。急いで片付けた形跡が全く見られませんでした。彼らが知ってる他の拠点も同様です」


 やっぱり、あの子達はトカゲの尻尾のように切られてしまったようだ。全てという事は、私の暗殺を引き受けた時から既に準備していたんだろう。用意周到過ぎて不気味だけれど……何も見つからないのでは仕方がない。


 どうせまた襲ってくるだろうから、その時にまた捕まえてアジトの場所を白状させればいいのだ。


「……よし、着替え終わった。それじゃ、行きましょうか」


 話をしている間に着替え終わった私は、おかしいところはないか姿鏡でくまなくチェックして、準備完了。


「はい! ……エールティア様。よく似合ってますよ」

「そう? なら良かった」


 雪風がさりげなく褒めてくれて、ちょっと気分が良くなった。やっぱり、他人の目は気になるものだからね。


「そういえば、エールティア様は女中に着替えを手伝ってもらわぬのですか?」

「なんだか、着替えまで誰かに手伝ってもらうのって、違うと思うのよね」


 別に悪いとは言わないけれど、なるべくできることは自分でしておきたいのだ。


「そう思われるのは立派な事だと僕は思います。貴族の中には、着替えから食事まで、全て任せている者もいると聞きますから」

「そんな人種がこの世に存在するなんて、考えたくもないんだけど」

「エールティア様。人には腐っている者もいるのですよ。既得権益層である貴族になればよりはっきりと。貴女はそんな方々とも付き合わなくてはならないのですから」


 そんな惰性の塊みたいな事やってるのとはあまりお付き合いしたくないな。自分が楽する事ばかり考えていそうだ。


「はぁ……ティリアースにそんなのが多くないように祈りましょうか」


 特に身内にそういうのがいるのは我慢できない。お父様は聖黒族とは高貴であり、常に民に寄り添って生きるべきだと教わった。人を統べる者だからこそ、責任が問われる。だからこそ、聖黒族には慕ってついてきてくれる人達を幸福にする為の努力義務が課せられる。


 私はそれを心に刻み込まれるまで教え込まれた。転生前に見てきた薄汚れた豚のような貴族とは違う、真に気高い生き方を教えてもらった。


 だから、もしそういう既得権益にしがみついている奴らがいるなら……私はそれを絶対に許さない。


 雪風の先導に従いながら歩いていくと、館の外まで出た。お父様が鳥車の前で待ってくれているけど……色々とおかしいところがある。


 鳥車はお父様にしては派手めな外装をしているし、それを引くラントルオも無駄に着飾っている。明らかに装飾過多だ。肝心のお父様の方も無理やり笑顔を作っていて、痛ましさが伝わってくる。


「お父様? その、鳥車は……?」

「迎え……のものだ。どうやら、私達がいつもの鳥車を使うのが気に食わないらしい」


 ごてごてと悪趣味な鳥車は去年まで来たことすらなかった。大方、私が王位継承権を獲得した事が原因だろう。これ幸いとすり寄ってくる貴族なんて珍しくもない。


「迎えとは、誰からですか?」

「エスリーア公爵家の家紋が彫られているが……大方、あのア――公爵夫人だろう。彼女のやりそうなことだ」


 今何か暴言でも飛び出そうな顔をしていたけれど、それを飲み込んで、無難そうな言葉を口にしていた。

 色々と言いたいことはあるけれど、とりあえずこれに乗らないと何も始まらない……という事はわかった。


「お父様」

「……仕方あるまい。乗り込むぞ」


 結局、その趣味の悪い鳥車に乗って、私達はコクセイ城に向かう事になった。乗り心地が最悪だったのは……言うまでもないだろう。

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