185・特別ではない日
暗殺されかかったという事実を知ったお父様は、それはもう激昂した。護衛を連れて行かなかったことを怒られたし、その実行犯を配下に加えるって伝えた時も信じられない物を見るかのような目で見られた。
それでも根気よく(一日かけて)説得をした結果、なんとか許してはもらえたけれど、今後リティアの町に出かける時は、必ず護衛を付けるようになってしまった。
後、子供達は表向き死んだ事にしておくそうだ。そうしないと暗殺した事実が知れ渡った時、逃がしたと思われてしまうからだそうだ。後出しで公表して真相を疑われるより、先出しにしておいて真実だとアピールする方が大切なんだとか。
私としてはどっちでもいい。面倒な事は変わらないだろうし、何があっても力づくで何とかするだけだ。
噂から流して、探ろうとしてきた者を片っ端から捕らえる算段も付けているらしい。後はお父様に任せておけば、ある程度はなんとかしてくれるだろう。それでもまた殺しに来るなら、今度は確実に仕留める。
二度目はないのはあの子達だけじゃなくて、組織そのもの、だ。あまり鬱陶しい事を続けるなら、力づくで思い知らせてあげればいい。ずっとそうして生きてきた訳だしね。
「ティア様、お疲れ様でした」
なんとか全部が良い方向で進んで、ひと段落した時。ジュールは深紅茶を淹れて持って来てくれた。疲れた心に豊かに広がる茶葉の匂いと、深い味わいが染み渡っていく。そういえば初代魔王様も深紅茶が好きだったらしい。私も聖黒族として生まれ変わるまでは、こんなのに興味はなかったし……しっかりと血は受け継がれてるみたいだ。
「ありがとう。ジュール」
「これくらい、構いませんよ」
心の癒しを感じながら、あの暗殺してきた子供達の事を考える。噛み付いてきた野良の仔犬を拾ったような感覚だったけど、結果を伝えられるまでのあの不安そうな表情を思い出すと、あながち間違ってなかったと思う。
今後の彼らは、ひとまずお父様が適正を判断してから様子を見る事になった。どんな仕事に付けるかは彼ら次第だけど、見捨てるという事はしないとお父様が言ってくれていた。
「後はあの子達が妙な気を起こさないよう、祈るばかり……ね」
「大丈夫だと思いますよ。すごく感謝してたじゃないですか」
確かに処遇を伝えたら、彼らは喜んでくれていたけれど……それは自分達の命が助かった事に関しても含まれてるだろう。
環境が変われば、より良い物を求めるのは、人の業だ。
確かに私は変わった。だけどジュールのように、何でもかんでも好意的に、前向きに捉える事は少し出来ない。
「だと良いんだけど」
少なくとも、私が費やした労力に見合う程度には働いて欲しい。そう思うばかりだ。
――
暗殺が失敗してから数日が経ったルスピラの28の日。いよいよ後三日で新しい年が始まると思うと、憂鬱になる。
王位継承権争いに、政治の勉強。今からそんな事に頭を悩ませたくないんだけど、力だけじゃこの世界は渡っていけない。
この国で女王とは絶対的な守護者でなければならない。そして同時にある程度の知識を身につけて、下で支えている者の真偽を見抜かないとやってられないのだ。
来年になれば、醜い貴族共の世界に身を投じなければならない……。すごく気が滅入るというものだけど、私は他の貴族の令嬢と違って誰かに嫁ぐ事はない。それだけでもまだマシな方だろう。
「なんでルスピラなんて月があるんだろう? 特に必要もないでしょうに」
「遥か昔、始竜の一柱が生誕したのがルスピラの25の日との事ですよ。ドラグニカにはその生誕を祝う祭りがあるそうです」
それを教えてくれたジュールには悪いけど、あまり聞きたく無かった。要は竜人族にとって大切な月だって事だ。
昔教わったのは、初代魔王様すら生まれていない遠く太古の時代。風・火・水・土・光・闇・空を司る七体の始竜が世界を守っていたとか。
確か……ルスピラの25の日は水の始竜が産まれた日だったはず。
「でも、彼らは確か火の始竜の血を引いてるんでしょう? 水の始竜関係ないじゃない」
「竜人族にとって、始竜は偉大な存在だからだと思いますよ。他の始竜の生誕日もしっかりと祝ってますし」
そういえばそうだった。他の国ではそういう習慣がないからいまいちピンと来ないけれど、ドラグニカはかなり祭が多い。始竜の生誕祭を七つ全てやってるのだから、当然だろうけど。
私に関係あるのは初代魔王様と一緒にいた闇の始竜の生まれ変わりって呼ばれていたフレイアールぐらいだろうか。
確かズーラの22の日で、魔王祭に帰った少し前に終わってたかな。来年も多分参加できないかも。
特別じゃない日に、特別な日の事を考える――。
気持ちを落ち着ける為にしてみたけれど、結局、三日後の特別な日を思い出してうんざりするだけだった。
「竜人族のようにお祭りで賑わっていれば、もう少し気分も晴れていたのかも」
晴れない気持ちを抱えながらぼそっと呟いたけれど、それは誰にも聞こえる事はなかった。
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