184・命乞いの末

 結局のところ、【ナイトメアトーチャー】で引き出した情報は大したことがなかった。彼らは暗殺組織の中でも最下位の存在らしくて、私の実力を見るために当て馬として宛がわれたそうだ。


 ……予想はしていたから驚く事もないんだけどね。

 七人とも全員子供って時点でお察しな感じもしたんだけれど、これでは苦労した割に合わない。


「後は館に連れて行って、ラディン様の護衛に引き渡せばおしまいですね」


 今回の一件は、明らかに私が狙われている。衛兵に突き出してもいいんだけど……どうせこっち側が引き取るんだから結果は同じだ。

 まあ、どちらに転んだとしても、彼らには未来はないだろう。公爵家の娘を暗殺しようとしたのだから見せしめか……あるいは――


「待ってくれ!」


 面倒事はさっさと終わらせようとジュールに別荘まで戻ってもらおうと思った直後――リーダーの少年が声を上げた。


「ジュール。ここは私が見ておくから、お父様のところに戻ってくれる?」

「え、あ、はい……それはいいのですが……」


 悲痛な声を上げた彼の事が気になったのか、ちらちらと視線を彷徨さまよわせるジュール。だけど、私はそれを気にしない事にした。


「どうしたの?」

「あの、ティア様。せめて……」

「他人を殺す気で来たというのに、いざ自分達に身の危険を感じたら命乞い。そんな輩の話なんて聞くつもりないから」

「で、でも、相手はまだ子供ですし」

「幼さを言い訳にされたら、世界には子供の暗殺者だらけになるわね」


 捨てられた子犬のような目で見られたって、駄目な物は駄目だ。ここで見逃した事が他の貴族共に知られたら……嫌な事になるのは目に見えている。


「だったら……俺だけを連れて行け! こいつらはただ俺についてきただけで……!」

「あのね。公爵家の一人娘を狙うって事がどういう意味か理解出来てる? 貴族でもない貴方の場合、一族郎党皆殺しにされたっておかしくないのに」

「わかってる! わかってるけど――!」


 悲痛な声を上げて、真っ直ぐ私を睨むリーダー格の少年の目には、複雑な色が見えた。怒り・絶望・後悔……色んな負の感情が見えて、昔の私を思い出させるようだった。


「貴方達の事情を理解するつもりはない。だけど……一度だけ、慈悲を与えてもいいでしょう」

「ティア様……!」


 感動したような声を上げて見つめるのはやめて欲しい。別に全てを許すと言ったわけではないのだから。

 リーダーの子も、期待するような目で私の事を見る始末だからね。大方、その組織以外行き場がないからだろうけれど……


「ほ、本当か……?」

「ええ。私は例えどんな時でもあろうとも嘘はつかない。でもね、二度目は許さない。【ナイトメアトーチャー】で見せた悪魔なんて比べ物にならない。死よりも辛い苦痛と絶望を味わう事になる。それでもいい?」


 出来る限り悪者がするようや邪悪そうな笑みを浮かべて、ゆらりゆらりとリーダーの子に迫っていく。


 私の様子にただならぬものを感じたのか、少し怯えを見せたけれど、負けないとばかりに強い目で睨み返してきた。


「……いいさ! 見逃してくれんなら、なんだってするさ!」

「よろしい。なら貴方達には私の手足となって働いてもらいましょうか」

「……俺達にあんたの飼い犬になれってのか」


 何かに失望するような目を向けてきたけれど、何か勘違いしてそうだ。


「……結局、あんたもあたしたちを使って誰か殺したいだけじゃない」


 リーダーの子の隣にいた女の子がぼそっと呟いていたけれど、それでどんな勘違いをしているか、ようやくわかった。また暗殺稼業でもやらされるとでも思っていたのだろう。


「はぁ……なるほどね。生憎だけど、暗殺なんて性に合わない事、するつもりもないから安心しなさい。本気で殺したいなら……私自身の手で殺した方が最も確実な方法ですもの」

「じゃあ、あんたは俺達に何をさせたいんだ?」

「言ったでしょう。手足のように働いてもらうって。情報収集くらい出来るでしょう」


 別に危険な仕事をさせるつもりはさらさらない。だけど、暗殺組織に仕込まれたものを役立てないのはもったいない。お父様に頼んで隠密として力を発揮してくれれば、それが一番いい。無理なら、館の中で洗濯や掃除をさせておけばいい。


「……本気か? あんた、公爵の令嬢なんだろ? そんな事出来んのかよ」

「当たり前じゃない。なんなら今ここでやって見せましょうか?」

「……いや、いい」


 私の邪悪に染まった(ように見せかけている)笑みに気圧されたのか、リーダーの子は、引きつるような笑みを浮かべていた。


「あのさ」

「何?」

「……なんで助けてくれんだよ」

「私がそうしたいからよ。それとも、もっと正義の味方っぽい事でも言って欲しい?」

「いや、その方がよっぽどマシだ」


 一度くらい許してやろう――そう思う辺り、なんだかんだで私も甘い。……いや、以前ならこんなことはしなかったろう。昔の私はもっと冷酷だったと思う。この世界で育って、友達や家族のやさしさに触れたおかげだろう。


 だけど……これが弱みにならないように、許す相手はしっかりと見極めないといけない。

 一度も許してはいけない相手。そういう輩がいるのも、また事実なのだから。

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