81・馬鹿の撃鉄

 ナッド伯爵の名前を出して、意気揚々に私を見下してくるリーダーっぽい悪魔族の男は、少しずつ怒りな表情を強めてきた。

 それとそうか。自分の後ろ盾の権威をかざしてるのに、相手がきょとんとして『だからどうしたの?』みたいな表情をしてるんだからね。


「本当にわかってんのか? ああ?」


 私の胸ぐらを掴んだ状態でまた威圧してくるけれど、こっちからしてみたら、たかだか伯爵如きに一々おくしていられない。


「ごめんなさい。貴方程度の思考なんて、全くわからないわ。きちんとした言葉で説明してくださる?」

「この――」


 短絡的な思考で拳を振り上げてくる悪魔の男のそれを、私は一切避けずに望み通り殴られてあげた。ジュールが止めようと声を上げようとしてたけど……強い視線でそれを遮った。


「てめぇ…….!」

「動くなよグルセット! 動いたら、この女の顔面がぐちゃぐちゃになるまで殴ってやるぜぇ?」


 にたにたと気持ちの悪い笑みを浮かべてる男の後ろで、彼の子分が調子に乗って高笑いを上げていた。


「その騒がしい声で笑うの、やめてくださらない? 殴られた頰に響いて痛いのだけれど」


 不服を言うと、さっき殴った頰とは別の場所を殴ろうとしてきたから、それは丁寧に受け止めてあげる。殴られるのは一発だけで十分だ。


「な……っ!」


 驚いた様子で受け止められた拳を眺めてる男に、冷たい視線を向ける。この程度でなんとかしようなんて、随分と思い上がってる。これは……痛い目に遭わせてあげないといけない。


「本当に愚かな男ね。ジュール、もう我慢しなくていいわよ。殺さない程度に痛めつけてあげて」


 私の言葉に自らを解き放ったジュールは、素早い動きで瞬く間に敵対勢力を制圧した。雪雨ゆきさめと比べたら明らかに劣るけれど、彼ら相手には十分だ。


「なっ……なにがっ……!?」


 唯一残った私の胸ぐらを掴んでいる男の手を両手でしっかりと握りしめてやる。


「いつまでそうしているつもりかしら……ね!」


 ぐりっと手首を捻り上げてやると、それだけで男は痛がって私から手を離した。そのまま片足を薙ぎ払うように蹴ってバランスを崩してやり、背負うように投げ飛ばしてあげた。

 簡単に引っかかった悪魔の男は、地面に背中を強かに打ち付けてた。


「がっ、ぐっ……こ、の……!!」


 呻き声をあげてるけれど、まだ反抗する気力が残ってるようだから、頭を蹴り上げてその思考を無理やり中断させてあげる。


「さて、私の事を殴ってくれたこの男の雇い主に誅を下さないとね」

「……エールティア様、嬉しそうですね」


 少し呆れたような声を上げたジュールは、なんでこんな事をしたのか不思議でしょうがない様子だ。


「当たり前でしょう? この頰の痛み、必ず返してあげないとね」


 少し頰をさするって、『アクアキュア』を発動させる。久しぶりに無条件で殴られたけど、戦いで負う傷に比べたらなんて軽い事だろう。


「……嬢ちゃん、今わざと殴られただろう?」


 グルセットは訝しむように私を見てきたから、意気揚々と頷いてあげた。


「ふふ、これで大義名分が出来た。でしょう? ジュール」

「……そうですね。ラディン様には?」

「ええ。ワイバーン便で手紙を出しておいて。それと……リュネーにも、ね」


 この件に首を突っ込むなら、リュネーの所に行くのは少し遅くなってしまうだろう。端的に『貴族の揉め事に巻き込まれたから少し遅くなる』くらいで良いだろう。

 他国に遊びに行く上に、向こうも王族。こんな事は本当は通用しないのだけれど……私と彼女の仲だし、一度くらいは大目に見てもらえるだろう。


「それじゃ、やりましょうか」

「やるって……なにを?」

「決まった事。この馬鹿に人質の居場所を聞き出して、手っ取り早く乗り込んで解決させるのよ」


 貴族同士の闘争をやってる暇はないから、そこはお父様に全て丸投げする。領土内外で好き勝手やってる馬鹿貴族達に、随分と頭を悩ませていらしたみたいだから、これが少しは役に立てば良いのだけれど……。


「まずは……『ナイトメア・トーチャー』」


 意識のない彼に色々と聞き出す為に、悪夢を見せる魔導を発動させた。

 イメージとしては、夢の中で拷問を受ける感じ。こちらの質問に答えなければ、延々と見せられる事になる。


 上手く発動した証拠に、悪魔族の男は冷や汗を浮かべながら苦しみ始めた。

 すぐさま質問をしようと思ったのだけれど、なんだか不思議な気持ちが胸の中に湧いてきた。


「エールティア様? どうされました?」

「……いえ、なんでもない」


 私が昔いた世界では、悪魔とは苦しみを撒き散らし、痛みを与える存在だった。それが目の前にいる悪魔族は、私の魔導で悪夢を見て苦しんでいる。とんだ皮肉みたいだなって思ってしまった。


「さ、気を取り直して、知ってる事は全て教えてもらいましょうか。まずは――」


 それから私は、悪魔族の男に次々と質問していった。聞くと寝言みたいな声で答えてくれるのだから不思議だけど、思ったよりすらすらと喋ってくれる。


 夢の中で一体、どんな酷い目に遭ってるのかはわからないけど、教えてくれるなら別にいいかな。どうせ現実世界でも酷い目に遭うのは間違いないんだから。

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