82・人質奪還大作戦①

 悪魔族の男から一通り情報を得た私達は、そのまま彼らを身動き出来ないように縛り上げて、適当な部屋に押し込める事にした。

 警備隊に突き出しても良かったんだけど……グルセットは今まで何度かこういう事が起こって、相談した事もあるって言ってたし、やめた方がいいと判断した。


 上に行かないように潰されてるか、お偉い伯爵様のお力に付き従ってる愚者のどっちかなんだろうし、アテにはならない。

 それなら、少しでも私達の役に立つ使い方をしてあげた方が彼らの為になるだろう。


「うー……おふぁよぉ……」


 さっきまで結構騒がしかったはずなのに、エーレンは眠そうな目を擦りながら二階から降りてきていた。殺伐とした空気の中に舞い降りた彼女は、嫌な空気を一掃出来るほどの威力を持っていた。


「エーレン、疲れてたのはわかるが、もう少し早く起きような」

「ん……はぁい」


 やんわりと優しい表情で言ってる彼の口調は、叱るような感じじゃなくて、慈しむような感じだった。

 いや、それを容認してたんだから、ここでグルセットが叱ったらおかしな事になるんだけどね。


「おはよう。エーレン」

「ティアおねーちゃん!」


 ぎゅっと抱きついてくる彼女は本当に可愛らしい。子供の体温って、結構あったかいから、ぎゅーっとしてるとほんのり気持ちが温まってくる。


「エーレン、まずは顔を洗ってこい。その後食事にしよう」

「はーい」


 エーレンは眠たそうに顔を洗いに行って…….また三人だけに残った。


「……それで、いつ行くんだ? 俺も準備を――」

「いや、貴方が行ったら今度はエーレンが人質なるかもでしょう。ここら私達に任せておきなさいな」


 私が自信満々に言うと、グルセットはため息をついてから呆れた表情を浮かべていた。


「ランジェスはこの中継都市でもかなり力を持っていやがる。高級宿街に顔は効くし、なにより伯爵と通じてやがる。それを後ろ手にやりたい放題だ。自分の宿を広げる為に、な」

「そもそもなんでそんなに貴族がこんな場所や宿に手を出してるんですか? おかしいじゃないですか」


 グルセットが悔しげに言う気持ちもわかるけれど、ジュールの疑問ももっともだ。確かに中継都市の一宿に肩入れしたって旨みなんてないような気がする。グルセットは今までそれに疑問を感じた事がなかったのか、考えるような仕草をして首を傾げた。

 確かにわからないし、不気味な点も多い。けれど――


「今は疑問を解決させてる時間も惜しいんじゃない? 政治的な事なんてどうせすぐにわかるものじゃないし、私達は出来る事をすればいい。そうでしょう?」

「流石エールティア様です!」


 ものすごい手の平返しを見た。あまりのくるっくるっさに、グルセットが『だったら最初から言うな』と訴えかけてきそうな顔で睨んでいた。


「とりあえず、その点は心配しないでちょうだい。私にも考えがある。それに……母親を取り返しても子供がいなくちゃ意味がない。そうでしょう?」

「だけど――」

「子供を痛みや苦しみ、恐怖から守ってあげるのも父親の仕事よ」


 それには何も言えなかったのか、グルセットは私とジュールを交互に見つめて、やがて折れた。


「……わかった。そこまで言われたら、俺も引っ込むしかねぇ。その代わり――」

「任せなさい」


 私が力強く頷くと同時に、その顔を洗い終えたエーレンが元気の良い笑顔で帰ってきた。幼い子供に聞かせるような事じゃない、というのが全員の見解だったから、話はこれで終わり。

 何事もなかったかのようにグルセットはエーレンを連れて朝食を食べに行ってしまった。


 残ったのは私とジュールの二人。


「あの、エールティア様」

「どうしたの?」

「……どうして、あの時殴られたんですか? 理由付けなんて本当は必要ないですよね? それに、考えだって――」


 ジュールはそれを口にしかけて……やっぱり閉ざしてしまった。

 彼女がなんて言おうとしていたか、手に取るようにわかる。


 答えるつもりはないけど、確かに全く何も考えていない。彼を安心させ、一緒について来させるのを諦めさせる為だからだ。


「殴られた方が真実味が出るでしょう? 少なくとも私と貴女。グルセットとエーレンはそれを見ている。あの悪党共もね。仮にもこの私が嘘をついたと言い張れるなら、下策かなって思えるけど……」

「それでもです! 私は……」


 ジュールは何かを言おうとしたけれど、結局言葉にせずに、視線だけで不満を表していた。


「……ジュール。言いたい事があるなら言って。私と貴女は血で結ばれた主従だけれど、私は貴女じゃない。きちんと言葉で教えてくれないと……何もわからないわ」

「申し訳ありません。ですが……もう少しだけ……」


 小さな声が私の耳に入ってくる。『待ってください』という最後の一言すらはっきりと言い切れないまま、ジュールは頭を下げて黙ってしまった。


「……はぁ、わかった。もう聞かない。だけど……役目だけは果たしてね」

「……はい」


 今は深く聞くことはしないでおこう。あまり追求して、面倒な事にならないようにしないと、ね。

 まずはグルセットの奥さんの救出。それが第一だ。

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