60・理解出来ない心境
あの出雲様の息子とジュールがやらかしてから二日後。かなりの速さで決闘申請書が作成されて、お父様の方に届けられた。
「申し訳ありません。私の力不足で……」
「ジュールを教育する時間がなかったのだ。仕方あるまい」
多少皮肉を言われるのも仕方のない事だろう。最初からこうなるだろうと予想していたのかあまり怒りはしなかったから、愛想を尽かされなかっただけでも気が楽になった。
「ここまでの出来事になってしまったのだ。お前のすべき事はわかるな?」
「はい」
ここで負けて、お父様を土下座させるわけにはいかない。リシュファス家の名にこれ以上泥を塗る事は絶対避けなければいけない。
そんな思いが伝わったのか、お父様はほんの少しだけ満足そうに頷いて決闘申請書を渡してくれた。
――
『決闘申請書』
内容:スライム対主の二戦。エールティア対雪雨の一戦の三回勝負。
勝利条件:対戦者が降伏するか戦闘不能に陥る。もしくは死亡する。
場所:雪桜花の都・
ルール:三回の内、最も多くの勝利を収めた組を勝者とする。但し、はっきりと降伏した者に対しての攻撃は禁ずる。
――
「真剣勝負……」
予想はしていたけれど、本気でこんな内容を申請しようと思うなんて……一瞬正気なのかな? と疑いたくなりそうなくらいだった。
『誤って殺してしまっても、一切の問責を行いません』などと書かれていて、そこに署名を求める空欄が存在してるほどの細かさだ。最初から殺す気満々なのが伝わってくるような気がする。降伏した相手に攻撃出来ないようにしたのは、多分出雲様の配慮だろう。
お父様は視線で『どうする?』と問いかけてきてるような気がするけれどどうもこうもない。ここまで来て引いてしまっては、お父様にもお母様にも顔向けできないし、問題を起こした上に決闘から逃げ出したと他の貴族の方々からどう叩き上げられるか……。
それを考えたら、この決闘を受けた上で勝たなければならない。今回、決闘に至った一連の流れを隠すように勝者への権利が『敗者は勝者が提示した条件(個人の範囲内で収まる程度)を受け入れること』と書かれていたという事は、私達が勝てば向こうも公にするつもりはないってことだからね。
さらさらっとサインして、不備がないかお父様に確認してもらった。
「……確かに。エールティア、わかっていると思うが……」
「お父様。私は必ず勝ちますよ。リシュファス家の名誉の為に。これ以上……お父様の面子を潰さない為に」
経緯はどうあれ、勝てばティリアースの貴族達に突かれる隙は小さくなる。それでもお父様に迷惑をかける事になるだろうけれど……今出来ることやらずに諦めるなんて絶対に嫌だった。
だけど、肝心のお父様は嬉しいのか困ってるのかわからない複雑そうに笑って私を見ていた。
「……お父様?」
「……いや、わかっているのであればそれでいい。ただ……あまり無茶だけはしないでくれ。例えお前が勝ったとしても、何かあったら……私も、お前のお母様も……悲しむからな」
「――っ! はいっ……!」
私の知ってる貴族だった、プライドの方を重視した――心にもない言葉を投げかけてきただろう。
お父様の言葉は、本当に私の事を心配してくれている言葉であると同時に負ける事なんて考えてない、信頼してくれてる証拠だった。
それが心に染み込むようで、本当に嬉しい。
だけど、今それを顔に表す事は出来ない。真剣な話をしてるのに頰を緩めたりなんてしたら、言い訳したってただのおかしい子だからね。
「……エールティア。もう少し素直になりなさい。感情を隠す事は必要だが、今はその時ではない。私は今、父親として立っているのだから」
お父様には私の考えなんて最初から見透かされていたようで……穏やかなその顔と言葉に私は少し涙腺が緩んで軽く涙が流れてしまった。
でも、最初に掛けてくれた言葉が、王族としてではなく、上に立つ者としてでもなくて、純粋に父親として話してくれた事が本当に嬉しかったのだ。
この人はいつもこうだ。私に暖かい言葉を掛けてくれて……転生前はこんなにも優しくされた事なんてなかった。こんなに気持ちが溢れてくる事なんてなかった。
本当はもっと色んな言葉を伝えたいけれど、今の私には上手く言えない。だから――
「……本当にありがとうございます。あの、その……」
言葉に詰まってる私に向かって、お父様はゆっくりと首を横に振って、私の肩にそっと優しく手を乗せる。
「無理に何も言わなくていい。それだけでお前の心は伝わってきた。だから敢えて言おう。必ず勝て。リシュファス家の名誉にかけて」
「……っ、はい! お父様!」
お父様は優しい笑顔で……でも強い意志を宿した瞳で私の事を見つめていた。
一番最後に貴族としての言葉を掛けて貰った私は、気を引き締め直して力強く返事をした。
この人達がいるなら……私の心を救ってくれている皆がいるなら、私はどこまででも戦える気がした。
……例え、それが優しい嘘だったとしても。
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