59・反省を促す者(ジュールside)

 出雲大将軍の息子。雪雨と壮絶な言い合いをして、エールティアとジュールの二人が決闘を行う事が決まった日の夜。ジュールはラディンに呼ばれ、彼の部屋を訪れていた。


「只今まいりました。ラディン様」


 ジュールは少し沈んだ気持ちで、ラディンの部屋を訪れていた。彼女の心の中は荒波が広がっていた。結局エールティアに迷惑をかけた上、出雲の言葉が重くのしかかっていたからだった。


『お前は主人の顔に泥を塗ったのだ』


 その一言と、それに続く言葉がジュールの心を深く傷つける。


(そんな訳ありません。私は……エールティア様が遠慮して言えない事を言っただけです。なのに……なんで、こんなに痛いのでしょう?)


 ジュールは自分が正しいと思っている。エールティアの代わりに言っただけなのだと、そう思い込むようにしていた。

 彼女は自分に都合の良い解釈の仕方をして、なんとか目を背けていた。


「ジュール。何故私がお前を呼んだかわかっているな?」

「……いいえ」

「本当に、わからないのか?」


 心の奥底を見通されているような感覚がジュールの身体の中を駆け巡り、それでも認めたくないと言うかのように言葉を捻り出した。


「……私は、エールティア様を侮辱したあの雪雨という男が悪いと思っています。私は正しいおこ――」


 ジュールは『正しい行いをしました』と断言しようとして、ラディンの視線に怖気付いてしまった。雪雨の怒気が児戯のように思えてくる程の威圧感に当てられたのだ。


「ジュール。お前のやった行為は、エールティアを貶めただけにしか過ぎない」

「ち、違います! 私は!」

「上に立つ者には必ず責任がついて回る。そして貴族というものは気高くあり、自らを慕う民を守らなければならない。それこそが我らの義務なのだ」


 ラディンの言葉をジュールはどこか不満そうに聞いていた。彼女はどうもピンとこないのだろう。責任というのはやらかした自分一人が背負うべき物であり、大好きなエールティアは一切関係ない。土下座までして彼女の盾になったのだから、これ以上責められるなんておかしい……ジュールはそんな風にすら思っていた。


「今回の出来事で、エールティアは責任を取らなければならないだろう。場合によっては、重い処罰を課さなければならない。それが貴族の義務だからだ」

「で、ですが、これは私が……!」

「お前程度では既に収まらないところまで来ているという事だ。エールティアは貴族の……それも王族の娘だ。学園ならいざ知らず、その外では果たさなければならない義務というものがある。国の為、民の為……他国の貴族の者と揉めるのであれば、それ相応の覚悟が必要だったのだ」


 雪雨の行動以外は大体自分達が仕組んだことなのだが、それは決してジュールに知らせる事はない。出雲とラディン。二人の策略の末、生み出されたのが今回の騒動なのだから。


 何も知らないジュールは黙ったまま、ラディンの言葉を聞くしかなかった。


「ジュール。生きていくという事は責任と義務をその身に背負うという事だ。エールティアに仕えている以上、お前の言動や態度の一つ一つがあの子の背に重くのしかかってくる。わかるか? その意味が」

「……私は、あの御方を敬愛しているだけです。他の誰もが、あの御方には及ばない。それを――」

「理解している……か。笑わせてくれる。お前程度が……あの子の何を理解している……!!」


 ぐっと拳を握り締めてラディンは怒りに満ちた視線でジュールを睨んだ。その視線は王族の一員として、この国の上に立つ者としてのものではない。純粋に父親として怒っていた。


(たかだか【契約】した程度のスライムが『敬愛』だと? 笑わせるな。エールティアは一部分しか理解出来ていないだろう……!)


 ラディンは知っていた。彼やアルシェラの姿が見えない時、エールティアはどこか孤独を感じているような雰囲気を出していた。話しているときに浮かべる笑顔ですら、時折その目の中には寂しさが宿っていた事を。だからこそ、学園に通うようになって、少しずつ本当の笑顔を見せるようになってきたエールティアの事を嬉しく思っていたのだ。


「よく覚えておくといい。お前のその態度が変わらない限り、あの子に未来はない。待っているのは『死』だけだ」

「そんな……」


 生物としての死。社会的――貴族としての死。そして……精神的な死。その全てを合わせた言葉がそこにはあった。それをもたらそうとするジュールに対して、ラディンが心底憎むような視線を向けるのは仕方がないだろう。


「私とて、庇える限界というものがある。このままいけば、まず間違いなくあの子は全てを奪われる。お前のそれは敬愛とは言わない。ただ、妄信しているだけ。自分勝手にエールティアを振り回しているだけだ」

「わ、私はただ……!」

「本当にあの子の事を大切に思っているのであれば、なぜこのような事になったのか……あの子が望んでいるものはなんなのか……よく考えてみる事だな」


 ため息混じりの言葉がジュールに少しずつ棘が刺さるように入り込んでくる。エールティアの迷惑も考えてこなかった彼女の妄信のツケ。そして……今まで取ってきた態度が全く通じなかった理由。それを真剣に考える日が訪れるのは、近かった。

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