54・歴史ある城

 ゆっくりと歩く鳥車から見える景色は、ティリアースと比べると明らかに違っていた。まず建物や人の服装が違う。家だって雪桜花風の建築で、服は和服とか呼ばれている珍しいものだった。


「雪桜花が長い歴史を持ってるのは知ってるけれど……なんで他の国にこの文化が広まっていかないのかしら?」

「広まってはいるのですよ。ただ、ティリアースは独自の文化を己の力で切り拓いていった……という事に誇りを持っている方も多いですから、広まりにくいのは事実ですね」


 私の問いに花月は丁寧に答えてくれた。一応広まってはいるという事実を聞いて一度本気で探してみようかなって思った。服とか珍しいし、すごく気になるしね。


「エールティア様。あちらの方をご覧ください。あそこにあるのが我が主君が心より仕える覇王様の城――赤月城です」


 花月の言う通りの方向を見ると、遠くに大きな城……が見えた。それも私が知ってる城ではなくて、どこか異世界のような風景を作り出している。


 ――まあ、私からしたらこの世界自体が異世界なんだけど。

 それでもこの城は……いや、この国は異質すぎた。


「すごい……」

「そうでしょう? あれこそは私達の力の象徴。覇王様のおわす城でございます」


 花月は自分の事のように誇らしげに語っている。それだけこの国の王様が慕われている証拠だろう。私も……大人になれば、上に立つ者の責務が発生する。いや、既に背負ってるかもしれない。だからこそ、私もこういう風に慕われるような存在になりたいものね。……ただ、ジュールのような妄信者みたいなのはちょっと……ね。


 ――


 そのまま景色を楽しんでいると、やがて一つの大きなお屋敷に辿り着いた。

 ラントルオはゆっくりと動きを止めて、丁度門辺りに止まる事になった。


「ここが皆様方に寝泊まりしていただくお屋敷となっております。奥で出雲大将軍様がお待ちになっておりますのでどうぞこちらに――」


 案内を受けた私達は屋敷の中を進む。使用人がいっぱいいて、出会う度に頭を下げてくれる。

 離れた場所には剣を振るう武士達の姿も見えて、一心不乱に行なっている。


 それを横目に更に先に進んでいくと……一つの部屋の前で止まった。


「お疲れ様でした。ここが出雲大将軍のおわす居室でございます。出雲様。お連れいたしました!」


 花月の言葉に、入るように一言中から聞こえた。彼が静かにふすまを開けると、私達に中に入るように促してくれた。

 お父様から真っ先に入って、続いてお母様、私の順に入る。そこで二人は床――畳に直接座った。玄関の方で靴を脱ぐように言われた時も驚いたけど、結構驚きっぱなしになってて少し慣れたような気もする。


 私達に向かうように座ってるのは雪桜花独自の和の礼服を着込んだ二本の角を持つ鬼人族の男性。壮年と言ってもいいお方の左頬には深い傷が付いていて、少し強面な風貌が他者を威圧する。私の方を一瞬向いたその茶色の目には、鋭利な刃物を思わせるほどの鋭さが宿っている。


「リシュファス閣下。長旅お疲れ様でございまする。我が国への来訪、感謝に絶えませぬ」

「いいえ、こちらこそわざわざご招待ありがとうございます。出雲大将軍殿」


 互いに深く頭を下げ、礼を交わすその姿は、互いの国の貴族達が見たら発狂するかもしれない。面子やプライドばかりが邪魔で、中々他人に頭を下げる事が出来ない人達ばかりの人種だからね。それが同じくらいの地位の者なら尚更。


 数秒程互いにそのままの状態が続いて、同時に顔を上げた後、お父様は横にずれた。出雲様から私達がよく見えるように配慮した、ということでしょうね。


「こちらは我が妻のアルシェラ。そして娘のエールティアでございます」


 その言葉と同時にお母様が深く頭を下げていたから、私の方も同じように頭を下げた。もしこれがジュールに見つかったら……。

 それはきっと不味い状況を引き起こしてくれるだろう。彼女だからね。


「噂はかねがね聞いております。なんでも、学園にて上級生を相手に幾度となく決闘を行ったとか」


 出雲様はなんでそんな噂を……というより、雪桜花にまでそんなのが広まってるなんて少し恥ずかしい。


「それは……その……」

「まだまだ落ち着きのない子供ですからな。私としては情けなくもあり、誇りでもあります」

「ははは、でしょうな。それほどの逸材。見定められなくても仕方ありますまい。ですが……」


 出雲様の目がスッと細くなる。その仕草は何かを思い出しているような……そんな感じだ。


 だけれどそれ以上何かを言うつもりはないように、ゆっくりと首を左右に振った。


「いえ、ここで語ることではありますまい。時間はまだある。まずは部屋の案内をさせましょう。たれかある!」


 出雲様の呼び声が届いたのか、慌てた様子でパタパタと廊下を歩く音が聞こえたかと思うと、ふすまを開けて床に座った状態で頭を下げた女中が軽く息を整えていた。


「お呼びでございましょうか?」

「この方々を部屋まで案内せよ。決して失礼の無いようにな」

「かしこまりました。それではこちらにどうぞ」


 女中は丁寧な仕草で顔を上げて、私達の方を向いて手で『こちらへどうぞ』と言うみたいに示してくれた。なんだか慌ただしい移動だったけど、ようやく少しは落ち着くことが出来そう。

 後は……ジュールとエンデを待つだけだね。

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