53・雪の名を冠する国

 ワイバーンの空の旅は、一日で中継都市まで行ってそこで一泊。特に何の問題事も起こらずに二日目の空を私達は進んでいった。強いて言えば世界樹の効果範囲から出たからか、少し厚さを感じるようになったくらいかな。

 本当は中継都市の方もちょっと散策に出たりとかしたかったんだけど……お父様達が疲れを残さないように休むようにと反対してきた。確かに慣れない旅で精神的な疲れを感じてたし、まだ旅は続く。私は大丈夫だと言ったんだけれど、あんまりにも心配するお母様の視線を浴びたら……それでも行くなんて言える訳がなかった。次にここを訪れた時にでも改めて色々と見て回ろうと心に決めて、結局特に何もせずに一泊することになった。


 そうして現在の空の上。少しずつ変わっていく下の風景を眺めてると、ティリアースとはまた違って、山が増えてきたかな。


「エールティア様! あちらを……」


 ジュールの言葉に一旦後ろを向いた私は、自分の成長を少し感じたような気がした。最初の方は後ろを向くことすら怖かったからね。


 彼女は椅子のような鞍についたひじ掛けを片手で掴んで、残った手は前方を指差していた。改めて彼女の指先にあるところを良く見てみると……そこには巨大な山々をくりぬいたような場所があった。断崖絶壁のような場所も多くて、大きく伸びる一本の道以外は道すらない。そこすら大きな門に阻まれていて、入るのも出るのも大変そうな国だ。


「あれが雪桜花……」

「冬になると綺麗な雪桜が咲くらしいですね。ひらひらと散る花びらは、まるで降り積もる雪の様なのだとか」


 どこかの本で読んだような知識だけど、それがこの国の由来でもある。春には普通の桜が。冬には雪のように白い桜が訪れる者の目を楽しませる……らしいけど、今は夏。時期的に桜を見る事はないってわかってると、微妙に落胆しそうになる。

 ……それでもここの良さは失われてないんだけどね。


 ワイバーンが目的地に向かってゆっくりと降下していく。途中、ワイバーンの首の方から魔力を感じた。これは確か……そう、アルファスから飛び立つ時にも同じものを感じた。あの時はそれ以上に初めて空を飛んだ高揚感で気にもしなかったけれど……まあ、害のあるものではないようだし、気にしなくてもいいか。


 雪桜花にあるワイバーン発着場に降りて、ワイバーンからようやく地に足を付けた私達を出迎えてくれたのは、数人の兵士――いや、彼ら風に言うと武士だった。それぞれが雪桜花独特の甲冑や鎧を纏っていて、軍部の中でもそれなりに身分の高い方だとわかった。


「リシュファス閣下。それに奥方様とご息女様。お待ちしておりました。私は花月かげつ空白そらしろと申します。我が主君である出雲大将軍様より、ご案内するように仰せつかっております」


 ざっと私達を迎えるように一列に並んで、頭を下げる彼らは軍隊のそれのように一糸乱れず行われた。これほどの動きをする者はそう多くはいないでしょうね。


「出迎え痛み入る。それにしてもまさか貴殿が出迎えてくれるとはな。出雲大将軍の懐刀である花月殿が我らを案内してくれるとは、思ってもみなかった」


 お父様は一瞬、小さく驚いたような表情を浮かべるけれど、そんなに偉い人物なのかな? 私は自分の国の貴族や王族を覚えるので手一杯だから、どうしても他国の人物を頭に入れる余裕がない。出雲大将軍と数人。それとこの国を治めてる覇王・桜鬼おうきの存在くらいかな。主要人物には最低限チェックを入れてるけれど、こういう人物にはまだまだだった。


「いえ。ティリアースにその人ありとまで言われるほどの武勲と実績を立てているリシュファス閣下程では……。今回の一件は私にとって、大変名誉な事でございます」


 謙遜しながらこちらを立てるなんて事をしてる。お父様も少し満足げに頷いていた。


「それに……後ろのお二方にも出会う事が出来ましたからね」


 花月の視線がお父様から、私とお母様に移った。すると、お母様は一歩踏み出して頭を下げた。


「アルシェラ・リシュファスと申しますわ。こちらは娘の――」

「エールティア・リシュファスと申します。貴方様程の御方にお目に掛かれて光栄です」

「お二人とも実に見目麗しい。特にエールティア様はお父上に目が良く似ておられる。将来は――いえ、出過ぎた真似でしたね」


 ……彼が言いたかった事は何となくわかる。本来ならお父様こそが相応しいと思うんだけれど……ティリアースではその資格がないから私の方に話が行ったって事だろう。

 花月はそれ以上何も言う事はなく、丁寧に頭を下げて私達を案内するように手で行き先を示してくれる。


「こちらの方に鳥車を用意しております。荷物は後で館に届けさせますのでお先に――」

「礼を言おう。……二人とも行くぞ」


 お父様の方もこれ以上会話を続けるつもりはなかったのか、花月の言う通り歩いて行く。私達もそれに合わせて後ろについていく。流石にジュールとエンデは一緒に乗り込めないから後でという事になった。


 いよいよたどり着いた雪桜花。何が待ってるのか……今から少し楽しみになってきた。

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