14・貴族の誇り
『両者睨みあってますねぇ! 今回のルールですが、持ち込み自由。何でもありの一対一の決闘です! 勝者は敗者を一日だけ自由に出来る。つまり! ルドゥリアが勝てば、エールティアさんを自由に出来るというわけです! 少々幼く見えますが、聖黒族である事に目をつむれば、十分魅力的であることは間違いありません!!』
あまりの言い草に思わずじろっと睨むような視線を向けるけど、あの司会者は全く気にしてなかった。
『それでは、今回の決闘に派遣された決闘官をご紹介しましょう! どうぞ!』
『……魔人族のアルデ・エクジア決闘官です。よろしくお願い致します』
視線を向けると、特徴的な藍色の髪の男の人が司会者の男の人が座ってた。口元を隠してるようなコートを身に着けてるけど、暑くないのかな?
『それでは、決闘を開始してください』
『え? いきなり? あ、はじめちゃってくださーい!』
えええぇぇぇぇ……なにそれ。そんな始まり方で――
「余所見をしている余裕があるのかな?」
見えてる動きで鞘から剣を抜いて振り下ろしてきたけど……危なげに避けてみせて、よろけるように数歩下がった。
なんて遅い動きなんだろう。これで何をやろうとしたんだろう? 私なら――
「……っ! いけないいけない。集中しないと……」
戦闘訓練での一戦は、木剣だったからまだ制御出来てた。だけど……ルドゥリア、先輩は真剣で私に斬りかかってきてる。剣術を覚えたての子供が繰り出すようなちゃちな斬撃だけど、それが私の過去の記憶をどうしようもなく刺激してくる。
それを振り払うように頭を振って、下手な斬撃を繰り出し続けてるルドゥリア先輩の攻撃をかわし続ける。時折かすり傷を受けて、足をもつれさせて、たまに鋭い攻撃を『偶然』放つ。
それをぎりぎりのところで防いだルドゥリア先輩は、よろけるように後ろに下がって歯噛みしてる。
「くっ、なんで……!」
――攻撃が当たらない。
そんな風に思ってる事が手に取るようにわかる。だけど、仕方ないじゃない。ルドゥリア先輩の斬撃が悲しいくらいに遅いんだもの。
「このっ……!」
左下から斬り上げるように放たれた斬撃を腹部を掠らせる。刃が潰されてるおかげで服が斬られることはなかった私は、不格好な斬撃で彼と刃を合わせて、力負けしたように後ろに下がった。
『互いに一歩も引かない攻撃だぁぁぁっ! エールティアさんも頑張っていますが、やはり二年生には勝てないか!? 必死に避けてはいるが、徐々に押されて行っているぞぉぉぉぉっっ!!』
司会者がマイクを片手に白熱した声を上げてるけど、上手く演じきれてるみたい。そうでなくちゃ、ここまで頑張った甲斐がない。周りのみんなには、私が善戦してるように見えてるだろう。
「はぁぁぁっっ!」
何度も繰り出された斬撃に、とうとう追い詰められた私は、訓練場の壁を背にしてルドゥリア先輩と真正面から向き合っていた。
「ははっ、とうとう追い詰めましたね。さあ、降伏してください。そうすれば……」
「……あはは、貴方みたいな下衆に身を任せるくらいなら、死んだ方がマシね」
「そうですか。決闘では不慮の事故で死ぬこともある。潰されてるとはいえ、これで頭を殴れば……それを知って言ってるのかな?」
「当たり前でしょう。まさか……殺すのが怖い? 貴族っていうのは見栄の象徴でしかないのかしらね」
「……良いだろう。貴族の誇りにかけて、君を殺そう!」
意味が分からない『貴族の誇り』を振りかざして、ルドゥリア先輩は私に向かって今まで以上に鋭く(彼にとっては)速い一撃を振り下ろしてきた。
「それが貴方の限界よ」
誰にも聞こえないように呟いた私は、焦った顔で地面に座り込んで……私を殴るように下ろしてきた剣が壁に当たって鈍い音を響かせる。
「なにっ……!?」
「これで……終わりね」
少し震えるような切っ先をルドゥリア先輩に突き付けた。
「……なにか勘違いしていませんか? この勝負はあくまで『参った』と言うまで続くと――」
「そう、今の状況なら、私が喉を突く方が速いと思うけど? 試してみる?」
互いににらみ合ったまま少しの時間が経って……ルドゥリア先輩は静かにため息をもらした。
「……私の負けだ」
苦々しい顔でそれだけ言って、剣を投げ捨てて降参するようなポーズを取った。一瞬の静寂……その後に響いたのは歓声と悲鳴の大騒ぎだった。
『これは……これはどんでん返しだぁぁぁぁぁっっ!! 勝負はまさか! まさかのエールティア・リシュファスゥゥゥゥ!! これは大穴! 彼女に賭けていた生徒はがっぽがぽの大儲かりですね!!』
司会者の叫び声と一緒により強くなった歓声と悲鳴の中、私はただルドゥリア先輩を見下ろしていた。
「決闘の条件は、忘れてないでしょうね?」
「……わかっていますよ。私も貴族の息子。それに、決闘での結果を無視してしまったら、決闘官に罰せられてしまいますからね」
自嘲気味に笑ったルドゥリア先輩を背に、私は会場の中から去っていく。こうしてどこか味気ない決闘の幕は下りた。くだらなくて、物足りなくて……私は――。
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