15・最初の決闘の終わり

「あぁぁぁぁぁ! 私のお金がぁぁぁぁぁぁ……!」

「いよっしゃぁぁぁぁぁっっ! 俺の全財産! 五倍になっておかえりぃぃぃぃぃっ!」

「終わりだ……母さんに火炙られる……!」


 賭けが終わった後はみんな一喜一憂してた。なんだかよくわからない事言ってる人もいるけど、大体は賭けをした人たちだけで、大半が悲しみに暮れる声だった。


「ティアちゃん!」


 訓練場の外で待ってくれてたリュネーとレイアの二人が私に駆け寄ってきて、両手を握り締めてくれた。


「すごい! 二年生の人に勝っちゃうなんて!」

「ティアさん、本当にすごいよ!」

「だから言ったでしょ? なんでもないって」


 私は強がってみせるように胸を張ってアピールしてあげる。


「その割には随分厳しい戦いしてたと思うんだけど……」

「でもそのおかげで……ほら」


 リュネーは重そうに手に持ってた袋を掲げてみせた。それを見て、私の頬は自然と緩む。賭けをやってるってことを決闘前日に知った私は、一生懸命貯めてたお小遣いを全部私がリュネーに託して賭けてもらったのだ。


「ふふっ、これを見ると、賭けててよかったって思えるわね」

「わ、私も……ティアちゃんに賭けたおかげで……ほら」

「あ、私も」


 二人とも私にちゃっかり賭けてたようで、かなり豊かになってる袋を見せつけてくれた。


「それなら今日は町で何か食べに行かない? 動いたら少しお腹減っちゃった」

「うん!」


 リュネーは大賛成だと言うかのように目を輝かせて、頷いていた。だけど……。


「あ、私はちょっと遅れるかも……。必ず行くから、二人とも先に行ってて」


 レイアは残念そうに笑うだけだった。いや、最初はそう思ってた。でも、彼女をじっと見ると、ほんの少し、闇が見え隠れするような……そんな気がして、不安になってきた。


「レイア?」

「え、な、なに?」

「まだ何か思い悩んでる事があるなら、教えて。私は貴女の――」

「う、ううん! なんでもない! ただちょっと……持ち出した事がバレたら怒られるかなって思ってただけだから……」

「怒られる?」

「私ね。賭けがあるって聞いた時、まだティアさんに誰も賭けてないって教えてもらったの。だから……こっそり実家のお金を持ち出して……あ、もちろん、負けてもちゃんと働いて返す気だったよ!? でも……私のせいでこんな事になったのに、誰もティアさんの事を信じてくれないなんて……」


 悲しそうに目を伏せたレイアの事情はわかった。というか、そんな事の為にあんまり無茶をしないで欲しい。それに―


「だったら二人には私が奢ってあげる。そうしたらレイアも使わないで良いし、少しは親の怒りも少なくなるかも知れない……でしょう?」

「で、でも……」

「私がこうしてお金を持ってられるのも、二人が私の分まできちんと賭けてくれたおかげだから、ね?

「わ、かった。ありがとう」


 レイアも憂いを帯びてはいるけれど、なんとか笑顔を見せてくれた。そんな笑顔を見せてくれても、私の心は晴れる事はなかった。


「なら、あそこにしよう。最近出来た妖精族のお菓子屋さん。甘いもの食べたらきっと気分も、明るくなれるよ」


 リュネーの方も気遣ってくれてるのかレイアの様子を伺うように顔を覗き込んで、ぐっと両手で拳を作ってた。その様子に少しは心が和んだのか、少しだけ柔らかい表情をしてくれた。


「ほら、そうと決まったらレイアも早くお金返して謝ってきなさい。ね?」

「う、ん!」


 私とリュネーは、レイアが一人で走り去っていく姿を見送った。日は少し落ちてきたけど、夕暮れにはまだ早い。そんな時間なのに、彼女の背中にはどこか影が落ちているような気がする。


「じゃあ、先に向かってよっか?」

「……ええ」


 何も気づかずに、今聞いた事を全て信じている様子のリュネーは、私を先導するように手を引いて歩き出した。


「レイアちゃん……怒られないといいね」


 レイアの前だから見せなかったのか、その声音には少し寂しげな色が混じってて……なんだかんだ言ってもリュネーもレイアの事が心配なみたい。


「大丈夫。何かあったら、私があの子を庇ってあげるから。元はと言えば、ルドゥリア先輩が妙な事をしてきたからなんだしね」


 だから安心して、と言うようにリュネーの頭に手を優しく乗せて、ゆっくりと撫でてあげた。

 リュネーが恥ずかしそうに……でも満更でもなさそうな顔で大人しくしてるのを横目に、私はレイアが走り去って行った道を眺めてた。


 ……彼女は嘘を付いてる。そもそも彼女は寮に通ってたし、実家は遠いはず。それなのにそんなお金を持ってくるような余裕があるとは到底思えない。

 あの時何も言わなかったのは、今の時点で何を言っても嘘を吐くだろうと思ったからね。それに……親しいとは言っても、全部を話せるような仲じゃない。


「何事もないといいのだけれど……」


 少し上を向いて、リュネーに聞こえないように呟く。彼女には悟られたくない……。

 そう考えてる私も、きっとレイアと同罪なのだろう。


「? 今何か言った?」

「いいえ」


 彼女に気付かれないように笑う私は……上手く笑えてるかな?

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