第七十一話 すれちがい







 雪のような名前を持ったその少女は、冬野白兎と名乗った。

 白兎は『はくと』と呼んで、ちょっぴり男の子っぽいからと自分の名前を嫌っていたらしい。自らの家名を少し変えて、『冬乃』もしくは『お冬』と名乗っていた。



「ねえあなたに名前はあるの? えっ、そう……じゃあ、私が名前を付けてあげるね。これから家族になるんだもん」



 彼女は人望が高かった。

 そしてとてつもないお人好しでもあった。


 対してあの地下から地上へ連れ出された私は久方ぶりの太陽の光に目がやられ、しばらく使い物にならなくなってしまい顔を隠すことにした。

 その姿たるや、血のように真っ赤に染まった髪の毛は自分の身長より長くぼさぼさで土と泥によって嫌な臭いを放っていた。身体中も汚れていて、服すらもこの長い間生きていたせいで劣化しボロボロ。ほぼ半裸状態で人間だと思えない容姿をしていたというのに、あの白兎とかいう女は私を連れ出した。自分の部屋に囲み、信用できるといった人達に世話をしてもらい、私の身体を隅々まで綺麗にしてくれた。



「遠慮しなくていいんだよ。貴方を妹のように思っているわ」



 視力が戻って、目が良くなった。

 彼女は私に名前を付けてくれた。なぜか聞いたことのあるような名前だった。




「私にはちょっとした力があってね……未来が見えるんだよ。いろんな可能性ある世界の未来が」




 そうして月日は流れていく。

 私を不気味に思う人はいても、それを口にしようとしない。なんせ白兎がそれを止めているから。




「私はね、いつか神様と婚約の議を結ばなきゃいけないの。こんな特殊な力を持っていたから、誰にも利用されないようにって……。あのね、貴女のような真っ赤な色をした神様が私の結婚相手なんだよ」



 白兎は私を見捨てない。

 周りにいる人は白兎に親しみを込めて関わりを持とうとする。お人好しで自分の身を犠牲にしようとするぐらい、気味が悪いほど立派な少女だった。


 何故だろうか。

 彼女はとても運に恵まれていた。ただ歩くだけで彼女にとって運が良かったことが続く。まるでわらしべ長者のように、他人に分け与えた親切がより大きなものになって返ってくる。




「私はいつか神様になるから……だからね、その時は────ちゃんのことをいっぱい幸せにするよ。君は笑顔が一番似合うんだもん」




 彼女はお金に困っていなかった。

 婚約者がいるといっていた。将来結婚するのだと言っていた。




「────ちゃん?」



 順風満帆だった。

 私に似て、他の人と異なる派手な色をした白髪だというのに、それを馬鹿にする人はいない。

 気味が悪いと馬鹿にする人はいない。



「どうしたの? ねえ────ね、ちゃん?」




 自分の夢をキラキラとした目で語っている少女が、羨ましかった。




「あきねちゃん、どうしたの?」




 私とは違う。

 私のように奴隷になったわけじゃない。

 親に愛されていて、とても可愛い女の子。周りからも愛される、キラキラとした魂を持った少女。


 そんな女の子に成れたらいいと、思えたんだ。

 死んでしまえと思って、その手を────。





「あは、あははははははははははははははははっっっぁ!!!!!!」




 キラキラとしていて美味しい。美味しい。おいしい。

 半分は残しておこう。美味しいものはとっておこう。

 周りにいるものも美味しそうだから食べたい。成りたい。私がないものをちょうだい。



 ああ、ははは!

 


 楽しい。楽しい。

 周りにいた人たちが絶望の果てに死んでいく。


 白兎が私を見た顔が怒りに染まって、そうして私を殺そうとしてくる。それがとても嬉しい。彼女にも負の感情があったのだと分かって、嬉しい。楽しい。




 あ あ 、 愉 し い ! !









 ────くそが!!


 真っ赤な色をしたよくわからない生き物に地下へ叩きつけられた。

 閉じ込められた……!


 洞窟だったその場所は本物の祭壇に変わっていた。

 私が暴れていた間に何かをしていたらしい。大きな姿見が置かれ、その中に閉じ込められた。

  

 どうやら私は本格的に人間じゃなくなっているらしい。

 ドロドロと溶けた身体。大きくなった顔。目玉。口。それら全てが私のパーツ。人よりも何杯も大きなそれらは、喰った魂を加工し吐き出し私の一部をこねくり回して作り上げた玩具。新しい獲物を私の前へ持ってこようと動く。


 そんなことを国中でやっていたせいだろうか。

 鏡の中でたくさんの魂を吐き出しても何も意味がなかった。


 外に出るのが難しい。

 何度も何度も鏡に向かってたたいた。



 私の全身を使ってもびくともしないそれに、私はふと気が付く。


 あの白兎とかいう少女の魂は、半分しか食べていなかった。

 その半分はあの真っ赤な生き物が持っていった。どうにも半死半生で生きながらえたらしい。白兎はまだ生きている。その事実に私は怒り狂った。


 あいつのせいで全部が台無しだ。

 だから絶対に、私がアレを食らってやる。そう心に決めた。


 だから半分の魂を手に探っていた時だったんだ。

 私は気が付いてしまった。


 私の目の前に広がっていたのが、鏡から映し出されている世界じゃないことに。

 白兎とやらが────何か妙な力を持っていたのか、彼女の魂を介して並行世界の私自身を見ることが出来たという事実に。



 少女は薄暗い室内にいた。和式とは全く異なる異様な部屋。そこで知識を身につけた。

 彼女は────夕陽は、ゲームとやらで遊んでいた。



 夕日丘高等学校という学園を舞台にした、ホラーゲームだった。

 私の姿にそっくりな妖精と白兎にそっくりなヒロインが出ていた物語。


 神様を嫌ったホラーゲーム。

 人間が無様に足掻くクソゲーと名高きもの。それに私は惹かれた。


 人間が死んでいくさまが良い。

 神様とやらが白兎の姿をしていて、進行によっては墜ちてしまう姿が非常に良い。


 この妖精の私は、自由に動けていていいなと思った。

 こんなゲームをプレイして足掻く姿もまた、良いなと思った。




 ああ、そうだと。




 私が成りたいのはきっと、あんな感じだったんだと────。





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