第七十話 はじまり




 神様は私を嫌っているようだ。


 だから私も神様を嫌うことにした。神様に復讐をすると誓った。

 だってずっとずっと、私を救ってはくれなかったのだから。


 妖精という名を付けられたのはいつだったか。

 夕陽に近い髪色をしているからと、ユウヒと名付けられたのはいつだったのか。


 それを覚えてはいない。


 私にとってユウヒという名前は後から生まれたもの。

 ただ生まれた当時から自由を得ることが出来なかった可哀そうな存在だということだけが理解できた。


 ────操り人形からの脱却。それが私の生涯の目的。それだけは今もなお記憶に残っていること。

 それ以外は生きているときの記憶は朧気だ。なんせ生まれてからずっと愛されたことはない。ずっとずっと痛みに苦しんでいただけの存在。


 私に自由はない。

 今は妖精ユウヒちゃんだと呼ばれているけれど、大昔────私はただの人間だった。名前も付けられないか弱い女の子だった。


 ……いや、夕陽色は秋に近いからという単純な理由で、秋を連想するような名前があった気がするけれど、朧げ過ぎて覚えていない。

 一度きりだったはずだ。その時にそう名乗ったのは。それでずっと、ずーっと名無しとして生きていた。


 普通に生きていたのだ。

 ただ見た目が普通とは異なっているだけ。夕陽に近い赤い髪色をしているだけで鬼だの化け物だの言われるだけの突然変異の子供。


 それを怖がるのは、着物を身に着け刀を手にする恐ろしい大人ばかり。

 大昔はまだ、髪色がほとんど真っ黒ばかりだったから。


 私はか弱い子供だった。

 見た目が普通と違うからと恐れられただけの幼い子だった。

 村で奴隷のように働かされた。朝も昼も夜も関係ない。やれと命じられたことはなんでもやった。疲れて倒れていても、大人も子供も私を足蹴にして早く働けと怒鳴った。


 水場で死にかけた。

 台盤所には絶対に近づくなと命じられた。


 陰陽師だったか、彼らが私を人間ではないという。だがそのまま現状処理は出来ないのだと説明された。

 私は死ぬことが許されなかった。だって私は自由に生きることが許されていない存在。奴隷でもあり、人間たちの操り人形。


 食べ物を恵む人はいない。

 同情する人はいない。恐ろしいと囁く人は山のようにいた。


 私がか弱い子供だからと、馬鹿にする大人も現れた。

 大人たちに踊れと命じられてはそのように動いて、そうして石を投げられ馬鹿を見るように嘲笑われた。

 

 大人は嫌いだ。

 子供も嫌いだ。

 人間と呼ばれている生き物が大嫌いだ。


 私を人間扱いしない陰陽師も死んでしまえと願うほど嫌いだった。



 私は何もなかった。

 両親にだって捨てられた。


 誰にも望まれていない子供だった。

 それでもなぜか、私は死ぬことが出来なかった。



 あの子を生贄にしようと村中が囁いたのは、干ばつが続いていた頃だった。

 雨を降らしてほしいがために私は犠牲にされた。


 いつの間にか作られた、地下にある祭壇へ閉じ込められた。地下というよりは洞窟だったか。縄で縛られ石扉を閉ざされたのだ。


 何もなかった。飢えをしのぐことすら出来なかった。

 動くことすらままならない自分に嫌気がさした。


 結局は最後までずっと、痛みに耐え続けていただけの可哀そうな子供。自由なんて一度も得られることのない操り人形。



 呪いたい。死んでほしい。


 呪われてしまえと願う。願う。願って。願って。望んで。

 苦しめと。死んでしまえと。自分以外の人間が全員不幸になってしまえばいいのだとずっとずっと。ずっと。ずーっと。


 それだけの執念。それだけの呪いは、何故か私を永遠の存在とした。

 不死になったのかと錯覚した。


 身体が腐らなかった。

 魂の存在だけが分かってしまった。私の魂がドロドロで傷ついていて、他の人より真っ黒なんだと思えた。他の人の魂なんて、この地下に来てからは見たことがないけれど。


 太陽すら届かない真っ暗闇の世界。


 私は私自身を縛り付けている縄が腐ってしまうまでそこでじっと耐えていた。

 お腹は空いていた。土を食らって生きていた。

 水もない。喉も渇いて癒されることもない。



 それでも死ねない。

 虫を食らい空腹をしのいでも、死ぬことが許されない。



 神様に何度も問いかけた。

 私を生贄として食らったであろう神様に何度も何度も問いかけた。



 ────神様、私はこんな苦行を背負ってまで死ぬことが許されないような業を負ったのですか?



 それでも神は答えない。


 やがて縄から解放され、手足が自由に動けるようになった。

 立ち方を忘れた。ゆっくりとゆっくりと、立って歩けるように自分を鍛えた。

 

 出入り口を目指し、閉ざされた場所を何度もたたいた。

 そこは固く閉ざされていて開けられない。



 自由なんてものは、何も存在しなかったんだろう。


 私は生贄。神様の贄となるために生まれただけの都合のいい操り人形。

 その場所から動くことはできなかった。地下にずっとずっと閉じ込められているだけの、生きているだけの死体そのもの。


 私はずっと地下にいた。

 虫を食らい、呪い。そうして周りを不幸にしてやりたいと願うことぐらいしかできなかった。



 やがて私が生きていた時代が流れ、変わったのか、

 服装は着物のままだったけれど、江戸か明治だったか……そんな風に呼ばれる時代になった。




「だれ? こんな薄暗い場所で何してるの?」




 閉ざされた扉が開かれた。

 その場所から私に向かって手を伸ばした少女が、私を救う神様のように見えた。



 今思えばそれが、私にとって新しい力を得るための始まり。

 あの冬を纏ったような子供に出会ったのは、私が妖精ユウヒと呼ばれるようになった大きな一歩の始まりに過ぎなかったのだろう。きっと。


 

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