第六十六話 探し物と弟





 今住んでいる家は一人暮らしをしているマンション。姉がそこへ案内してくれたが1LDKとなかなか最適な場所であり、ベランダがついていて夕日丘高等学校のゲームモデルとなった学校に近い場所だった。


 神無月鏡夜のことだ。置手紙かなにか置いてあるかもしれない。

 それか海里夏の言っていた紫鏡がどこかに隠されているかもしれない。


 姉にも協力をとって、家の中をひっくり返すかと思えるほど探し回った。

 一日中ずっと紫鏡を探し、実家にも連絡を入れて探して。両親や姉がどうかしたのかと不信そうな顔をするぐらいには俺の行動は何一つ納得いけるようなものじゃなかっただろう。


 今は実家から離れてまた自分の住んでいるマンションへ戻ってきた。全て探したがなかったということは隠し場所が家じゃないということ。家じゃないならきっとどこか別の場所にあるはず。でも忘れている可能性を視野に入れて、どこかにメモを残しているかもしれない。

 メモを捨てられないような場所と言えば今自分が住んでいる家しかなかった。そういう考えでまた戻ってきたが、両親はそんな俺を見て「まあ元気ならよかったわ」と苦笑しつつも見送り、姉はただ俺の様子を訝し気に見ながらもついてきた。


 でもってまた探し始めた俺に対し慌てたように注意したのだ。



「ちょっと鏡夜、記憶を探すために家中の荷物ひっくり返してたんじゃないの? 探してるのってなんなのよ? ほらここにアルバムとかあるじゃないの」


「いやそういうんじゃなくて、紫鏡が必要なんだよ」


「紫鏡って……なぁに、恋人からの贈り物?」


「いやそうじゃない。ってか俺恋人いるかどうかすらわかんねえよ」


「ああそうだったわね。でもじゃあ何であなたはその紫鏡を探しているの」


「必要なんだ。なんていえばいいのか……」



 微妙そうな顔をした俺に対し、姉はただ呆れたように溜息を吐く。

 そうして仕方がないなというような目で俺を見た。



「父さんも母さんも鏡夜の事心配してたんだよ」


「知ってる」


「仕事が忙しすぎて休み取れなくて……姉ちゃんもそうだけど、鏡夜のこと大事にしてないわけないんだよ」


「分かってるって。急に何だよ?」



 なんだか怒っているようだった。

 いやまあ、姉の気持ちもいくらかは分かる。だって姉は俺が勝手に一人で出歩いていた。きっと連絡を待っていたはずだ。昏睡状態から数か月経って退院できる程度には回復したとしても、まだ事件が解決できたわけじゃないから怖いんだろう。



「テレビでゲームテロ起こした犯人について騒がれていて、そのゲームの主人公が鏡夜で、連絡したら昏睡状態だって言われた人の気持ちわかる?」


「いやその……」


「困っているから今お姉ちゃんに頼ってるんでしょ。ならお姉ちゃんいっぱい協力するから、本当のことを言って」


「それは……」



 言えない。言えるわけがない。本当のことを言っても信じちゃくれないだろう。

 それに姉を巻き込めない。


 仮に信じてくれたとしても、妖精がどう攻撃してくるのか分からない今、身内が危険に晒されることだけは避けなくてはならない。


 それに俺はきっと紅葉秋音でも神無月鏡夜でもない、よくわからない憑依者だ。身内とは言ったが、本当の神無月鏡夜というわけじゃない。

 俺ではない本来の神無月鏡夜だって、実の姉を巻き込むことを望んでいるわけじゃないはず。今の俺がそう思っているように。


 あの妖精が夢の通りだとすれば、人を生贄にしなくてはならないほど凶悪であれば。アレは、簡単に人を食い殺せるだろうから。



 しかし事情を知らない姉は何も言わない俺に不満に思ったんだろう。

 また小さく溜息をついて俺に向かって言ってくるんだ。



「秋満君だって……まあ、ほら。彼も自分のお姉さんの事心配してるけど……あなたの事も心配してたんだよ」



 秋満……あの時夢の中で俺はどちらにも成っていた。紅葉秋音でもあり、神無月鏡夜でもあった。もしも俺が妖精に囚われていた時とは違い現実での高校生の時は紅葉秋音で、神無月鏡夜が本人だったら。俺がこうなった原因が鏡夜のせいなら。


 そうだとしたら、紫鏡なんてあいつが馬鹿正直に隠し持つだろうか。隠すとしたらきっと予想できない場所に決まってる。でも人嫌いしてる鏡夜が他人に?

 それに、紅葉秋音であっただろう俺は鏡夜になっているから、秋音本人に託すだろうか?

 夢の中で見た記憶には本来の紅葉秋音を嫌っているようだった。だからそうじゃないはず。ならだれに?



「――――そうだ、秋満は?」


「はっ? ……ちょっと、どうかしたの?」



 姉の問いかけを気にせずまた深く思考する。

 病院にいた頃、己の身について何が起きているのか調べていた頃に見つけたのだ。俺の記憶にはなかったはずのゲーム名を。夕青シリーズの最新作を。


 新作ゲームとして売りに出されたのに事件後すぐ販売中止となった『ユウヒ―青白の反撃戦―』と言う名のゲーム。その中に気になる点があった。

 思い出せ。病院に見舞いに来てくれた時に引っかかるようなことを言っていたはずだろう。他の部分が気になってしまい気づかなかったが、今なら分かるはずだ。


 秋満はあの時言っていた――――、と。


 何か覚えている?

 でも怪物や妖精についてはフィクションだと言っていたが、なら不穏な部分とはいったいなんだ?


 ゲームの大本を作ったのが夕日丘夕陽という女だった。

 敵か味方かはどちらにせよ、ただゲームをして遊ぶだけのモノとは思えない。事件を引き起こしたのもこのゲームのせいだ。それ以外にも何か、意味があったなら?



「ちょっと鏡夜、なにやって――――」


「悪い姉さん、今は話しかけないでくれ!」


「はぁ?」



 スマホを手にネットで検索する。

 調べ直しても出てくるのは最新作となっていたはずのゲームに出てきた新しいキャラクターとしての名前のみ。最新ゲームを遊んだ者の中には彼は出てこなかった、もしくは出てくるまで遊ぶことが出来なかったともいえる。


 彼の紹介文で気になる点があった。

 台詞でも書かれていた、「僕は姉ちゃんの成り損ないだよ」というものが本来の紅葉秋音ではなく、かつての俺が紅葉秋音として過ごしていた時であったなら。成り損ないとはいったいどういう……。

 あと「おまえのせいだ」というのと、「報いは受けなきゃ駄目だろう?」というのも不穏な感じがする。何かやろうとしているのか?

 しかし病院で会った紅葉秋満は姉がいない事に不機嫌で心配そうで、俺に対して怒りはあったが殺意はなかった。

 ゲームで姉が悪女にされたことに対し彼は怒りを抱いていた。……うん、だから俺のせいと言うのは分かる。理解はできる。でもそれだけか?


 本当にそれだけの意味を込めて紹介されたのか?



 それ以外にも気になる点があった。

 ゲーム紹介文の中に出てきた誰のものなのか分からないこの台詞は……『私の全てを見せてあげる』と『これがあなたの欲しかったものでしょう?』と言うのが俺に対して言われたものだったなら。

 それはきっと――――失われた記憶とどこかに消えた紫鏡についてかもしれない。


 紅葉秋音の意思を引き継ぐ者。そう書かれてもいた。

 たぶんこれはヒントだろう。


 罠かもしれない。

 何かがあるかもしれない。いやもしかしたら何もないかも。


 しかし行ってみる価値はあった。



「姉さん、紅葉秋満の元へ連れていってくれないか? それか彼を通して紅葉秋音の自室へ行きたいんだ」


「鏡夜?」


「変な意味はない。ただ記憶を思い出すのに必要になると……そう思ってるから」


「……分かったわ。秋満くんに話してみる」



 携帯を取り出し、でも忠告するように「今日はもう遅いから秋満君の予定が合う日に会いに行くようにしましょう」と言ってきたけれど。

 これが吉と出るか凶と出るか。はたまた何も進まないのか。


 早く見つけて、記憶を思い出さないといけない。

 そうしないと何か嫌な予感がするのだ。手遅れになりそうな――――嫌な感覚が。





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