第六十五話 目的
このままあの夢で見た秘密基地らしき場所へ行っても意味がない。
行方不明となった朝比奈陽葵が妖精によって囚われてしまったのだろうと想像がつくからだ。
衝動的にこのまま妖精が封印されたであろう場所へ行こうとは思っていたが……よく考えてみればそれは自殺行為だと思えた。なんせまだ妖精について対策はたてられていない。
むしろ妖精の望むがままに行動している。このままだときっと俺は妖精に捕まる。そうすれば文字通りゲームオーバー。リセットも何もない。妖精の玩具になるのが確実だ。
それに神社の中でずっと眠り続けていた桃子――――神社を出る際に聞いたが、彼女は星空の妻となったんだったか。
彼女のもとへ行くことも考えたが、星空天の様子からしてもう二度と協力はできないような気がした。囚われている彼女が解放できる手段が整えば協力できるかもしれないが……今はまだ不可能だろう。
夢の世界へ何度も行くことで思い出せるような気がするが、最終手段としてとっておこう。
今俺がやりたいのは思い出すことだけじゃない。妖精から解放され自由になることも含まれている。
妖精の言われるがままに、そして馬鹿正直に思い出してしまっては妖精が再び襲ってくる可能性があった。それだけは避けたい。
第一優先は妖精を撃退すること。封印すること。
あの鏡に囚われた妖精の様子からして絶対に勝てないということはないような気がするからだ。
ならばと思えたのは――――前に行ったことのある病室だった。
ニュースで見る限り彼女はどうやらまだ病室にいるらしい。姉達からも話を聞いたし、思い出したら連絡してくれと言っていたあの刑事の一人にも電話して話を聞いて、なんとなく察することが出来た。
俺もより詳しく思い出すために彼女に会いに行く風を装えば怪しいと思われることはない。容疑者として扱われはしない。きちんと話せるだろうと考えて行動することにした。
海里夏がいる、あの場所へ。
「それで何でアンタがここへ来るわけ? 見舞いとかじゃないでしょ」
「そうだな。お前の見舞いも兼ねてフルーツの盛り合わせを持ってきた……と言いたいが、ちょっと聞きたいことがあってきた。見舞いの品なんてお前にはいらないだろう。メロンでも食べたかったか?」
「ははっ。そういうノリで冗談言うところ大っ嫌いだよ。それで何? 何か思い出したの?」
俺は彼女に説明する。
夢の中で見たあの場所を。秘密基地の中にあった地下について話していたら、海里夏は思い出したかのように片手で俺の話を遮ってきた。
「つまり過去の一部は思い出せたってわけ?」
「ああそうだよ。それで分かった。お前の言う通りだったんだって」
こいつは俺に会った時言った。
俺に向かって、こいつは俺のことを『紅葉秋音』だと言った。
冗談だと言った。
でもそれが本当に冗談だと言えるのか?
神社で見た記憶だって、あの幼少期の秘密基地で遊んでいたものだけじゃない。中学の頃と高校の頃の記憶もあった。
それが一番重要だった。
「海里夏。お前俺が紅葉秋音だった頃の事知ってて言ったんだろう。俺に向かって、紅葉秋音だと」
「……ああなるほど。自覚はできたんだ」
「自覚というか、紅葉秋音と神無月鏡夜の記憶が混ざっていて理解しきれなかっただけだ。ただ神社で見せてくれた夢の中に――――その一番最初に、未雀燕に魂が乗り移ったという話をしていた会話が見えたんだ。それで分かった」
泡のような記憶の断片。
冬乃がいたという頃の会話は、謎が残っていてまだ分からない部分も多いが――――己について知れる唯一の情報だった。
「一つの身体に二つの魂。未雀燕に乗り移った紅葉の……憑依した魂があったと話していて……その時の記憶視点は紅葉秋音のものだった。それが今、俺の身体で起きていないと言えるのか?」
「つまりアンタは自覚も何もなく、一部の記憶だけを思い出してそう推理したってわけだ」
いつものように馬鹿にしたような声で言う。
でもって、笑う。嗤う。
「……アンタにちゃんとした名前がなくてよかったね」
「はぁ?」
「まあちょっとした話だよ。いいから聞いて」
そうして海里夏が口を開いた。
「昔、アタシたちは秘密基地を作るときにここにしようって燕が決めた。天がそれに反対して、アンタらは賛成して、それ以外ないって言ってた。そして多数決で決めた場所に名前を刻んだんだ」
「名前……」
「そう。自分の持ち物には名前を入れる。まあ小学生でもやってることだ。それを言ったのは燕だった。だからあそこで燕は私たちの名前を書いた。看板みたいに。ここは自分たちの縄張りだーっていうような感じで。それがいけなかったんだよ」
「あの場所が妖精にとっての領域だった。名前なんて刻んで、縁を結ぶような行為だった。だからアンタはまだ生かされているんだよ。妖精にとって不都合な存在だけど、妖精にとって必要な存在でもあったから」
「えっと、どういう……」
「憑依するのがアンタだけだと思った? それ以外に……妖精に出来ないと思った?」
「えっ」
「私たちがそれを知ったのは高校を卒業してから。その頃はちゃんと妖精を封印できたと思っていたからもう過去の思い出として昇華されたはずだったんだ。……ゲームを制作して、ちょっとした趣味で遊んでいただけの頃に……妖精が縁を辿って乗り移った。憑依した」
そう言って、海里夏は己自身を指さした。数秒経ってから俺の事も指さした。
そうして言うのだ。
「妖精は自分自身で外へ出たいと思ってる。でもそれはまだ無理。でも遊ぶだけの人形はたくさんいる。外へ出るために憑依できるなら、内側へ誘って捉えることもできるって考えたんだろうね。だから私たちは……」
目を閉じて、ぎゅっと拳を握っていた。
何かを耐えるように。何かを思い出して、嫌そうに舌打ちをして。
俺には分からない。
でもその話は衝撃的でもあった。興味深いものでもあった。
「妖精はまだあそこに囚われている。外へ出ることだって不可能だった。でもアンタがいたから――――外へ出る手段が出来てしまった。それだけだよ」
そう言って、自嘲したのだ。
「……じゃあ、思い出せっていう内容は? 何を思い出して欲しいんだ。俺が思い出したらそれは……妖精にとって好都合なんじゃないのか?」
「妖精にとっては好都合だけど、私たちにとっても必要なものなんだよ」
「思い出す内容は?」
「紫鏡の居場所」
「鏡? ……って、あの手鏡のことか?」
「そうだよ。紫色の手鏡。あれが必要なんだけど……アンタがそれをどこかに隠した。それがないと妖精を撃退する手段はないんだよ」
そう断言した海里夏の目は嘘をついていないと見えた。
真実を話してくれているんだと分かったんだ。
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