第六十三話 良いところだったのに
鏡に映りだすのは女の子の姿。誰かに似ているようだが……あまり思い出せない。誰だったか。
ただ彼女がこちらに向かって手を振り、言うのだ。
【迷い込んできた貴方たちにちょっとだけお願いがあるのです】
「き、急に何だよ……」
「ってかこれ、鏡が喋ってる……のか?」
「いや嘘だろ。どっかのドッキリとか……」
「何とも興味深いな。うちの家の近くでこんなものがあるとは……」
【あらら、ちょっと私の言葉聞いてます?】
「聞いてるよ……でも……」
どうしたらいいのだろうかと俺たちは顔を向き合う。
しかし見知らぬ地下室、よくわからない部屋で鏡が喋るだなんて状況――――恐怖よりも好奇心が勝ってしまったのだ。
「君はどうしてここにいるの?」
【はい! 実は私、この鏡に囚われたとても可哀そうな妖精なんですよぉ】
「妖精?」
「妖精って存在したんだ」
【そうですよー。しくしく。私は皆を幸せにしてあげる幸運の妖精なんです。でもちょっと悪い奴に捕まってしまって、それでこんな鏡に閉じ込めてしまって……本当に悲しくって寂しくって、ここから出たいのに出れなくて……】
「それは酷いね」
「……それで、お願いとはなんだ?」
【はい。この鏡を割っていただきたいんです】
「割る?」
出来るのだろうか、自分たちに。
そうお互いが顔を見合い、ちょっとだけ鏡を触ってみた。
古ぼけてはいるが、とても豪華な鏡だ。
割っていいのかともう一度聞くが、妖精と名乗った彼女はそれでいいのだという。
【戸惑わないでください。私だって自分の力で出られたならそうしちゃいますよぉ。でも無理なんです。お願いします貴方たちの力が必要なんです。……あっ、そうだ。私は幸運を授ける妖精です。でもそのせいで悪い奴に封印されてしまったので……ここから出られたらその褒美に貴方たちにおまじないをかけてあげますよー】
本当に悲しそうな表情で泣いているように見えた。
これを放ってはおけないと感じた。
でもどうしようかと思っていたが、やがて燕が頷く。
それに合わせて俺たちも頷き合う。
「まあ、助けてほしいって言ってたら助けないとね」
「褒美なんてどうでもいい。ただ目の前にいるのが嘘かどうか見極めたい」
「鏡夜はいっつもそういう……でも困っていたら助けた方が良いよね」
「そうだな」
【うふふ! なんて良い子たちなんでしょうか。私感動で胸が張り裂けそうですよー。本当にありがとうございます!】
妖精が鏡の中で動き、ある一点を内側から叩く。
叩いた瞬間表からもコンコンと異様な音が響くが、妖精の動きと連動して聞こえてきている音なので怖いとは感じなかった。
彼女は言うのだ。ここを叩いたら自分は解放されるのだと。
【早く出してください。早く。はやく!】
「分かってるよ。ちょっと待って……」
「懐中電灯を使おう。ここら辺にある物じゃこんな立派な鏡は割れないよ……」
「怪我に注意して……いくよ!」
「ああ」
ガシャン、パリンと。
部屋の中で派手な音が鳴り響く。
それと同時に何か生暖かい風が発生する。
心地良いとは言えないその風が発生しているのが鏡の中からだと理解できたのはしばらく経ってから。
鏡の奥は闇が広がっていた。
一瞬だけ何か、数字が見えたような気がしたが……多分気のせいだろう。
暗闇だけで何も見えない。
懐中電灯を照らしても何も。
観察していると、妖精がその割れた鏡から飛び出してきた。
手のひらサイズには小さかった。
可愛らしい透明の羽を二枚、背中に付けていた。
なんだか可愛らしい魔法使いみたいなステッキを手に持っていた。
くるくると回って――――とっても楽しそうにしていた。
俺達の周りを飛んで、そうして笑って。
【ありがとうございます。おかげでようやく自由になった。出られた! ああでも……まだあと一つ、境界線を飛び越えるには足りないですねぇ】
「はぁ?」
とっても楽しそうに言っていたが、その意味が分からなかった。
「きみは……自由になれたんじゃないの?」
【そうですね。全く外へ出られなかった時よりはマシですよー】
「境界線を飛び越えるって……?」
【うふふ……私はもともと、この世界にいたわけじゃないですからねー。ちょっとこちらの世界に呼ばれてきただけ。とーっても凄い神様たちの力が欲しいって人の願い叶えたらなんだか面倒な事態になってしまって、私も封印されちゃって、神様たちも怒っちゃって……もうほんと、人間って嫌になっちゃいますよねー】
「えっと……」
【失礼。君たちのような幼い子に聞かせる内容じゃなかったですねー。でもそんな純粋な子供達のおかげで外に出られた。対価として縁結びされちゃったけど……でもまあ、貴方たちみたいな子供なら私を封印なんてできるわけないですよねぇ? あああようやく終わった。あとは帰るだけ……でも私、いいようにやられたまま帰るのって癪なんですよねぇ……どうしよっかなー!】
皆が首を傾けていた。
妖精が自由になれたのだからそれでハッピーエンドになるはずだろうと。俺達もここから出られて終わりだと。
幼い俺たちは、そんな夢物語を見ていた。
逃げればよかったのだ。この時。妖精が独り言をぶつぶつと言っていた時に。
可愛らしい見た目をした妖精だというのに、言っている内容はとても異様だった。
表情も可愛くなかった。なんだか悪そうな顔をしていた。一瞬だけ鬼みたいな顔をしていた。
怖いと初めて思った。
なんてものを解放してしまったんだと。
【ああそうだ。おまじないを差し上げますね。貴方たちも私と同じ存在にしてあげますよ。特別に】
「えっ」
【おまじないですよ。――――まあ、『呪い』とも言いますが。貴方たちにはピッタリでしょう? ああそれに……もう二度とここに来られないように、弄らなきゃ。また封印されちゃったら嫌ですし】
逃げなきゃと思った。みんなそうだった。
悲鳴なんて出している暇もない。こいつはやばい奴だとようやくわかった。
足を動かして扉の方へと行こうとするが――――後ろを振り返り足がつんのめった。
動けなかった。動くことすら敵わなかった。
だってあの泥人形であったものが、動いているのだから。
立ち止まって、俺達を見ていた。
しかし動いたせいで泥が欠けたのか、何か白い棒が足から飛び出している人形もあった。
立った姿を見て分かってしまった。嫌な直感があった。
あれは、泥人形というよりは……まるで、泥に固められた状態で死んでしまった人間のようにも思えて……。
【ああそれらですか? 私を封印するために犠牲になった馬鹿な人間たちですよ。でもまあ私が解放された以上――――自由に使える玩具でしかなりませんがね】
やばいとそう思った瞬間だった。
鏡夜が突然動き出したのだ。
何を見たのか。何を思ったのだろうか。
鏡夜は何か、周りを見ていた。
ただ鏡の前へ向かって何かを拾い上げた。
そうすると、急に妖精が焦ったような顔をしたのだ。鏡夜が拾い上げたそれを見て、妖精が叫ぶ。
【それは――――】
「そろそろ目が覚めないと、アンタの魂また飛び出しちゃうっすよ」
不意に体を揺すられて目が覚めた。
目を開けたら天が疲れた様子で俺を見下ろしていた。
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