第六十二話 遭遇
「……ここ、絶対に何かいるよな」
「ああ」
気分が悪くなるほど、異様な雰囲気が周囲に漂っていた。
ここはもういつもの現実とは違う。そんな気がしていたんだ。
俺達のいる和室は不気味なほど静かで古びた雰囲気が漂う空間が広がっているだけ。
歩いても出口は見えず、襖の先はまた道となっており、明らかにおかしいのだと俺たちは考える。
しかし戻る道はない。行けば行くほど道が閉ざされると気づいたからだ。
襖ならば取り外してしまえばいいかと奮闘したが、まるで接着剤でもついているかのように外れることはない。穴も開かず、どうにも道順へ進めと言われているかのようだった。
襖を左右に動かすことはできる。けれど戻ろうとしてまた開けようとしても無駄。開けっ放しで先に進んでも自然と襖が閉まっている。
「……やっぱりおかしいよこの空間。だって普通地下にこんな広大な空間なんてありえない……それに空気とか部屋の状況もおかしいし」
燕の言葉に鏡夜が考えるように後ろを見ていた。
「扉が閉まるまで……何も細工はされていなかった。木材もおかしいところはない。取り外すのは不可能だが……自動的に動くといった要素はないように見える。背後に人の気配もない。まるで建物自体が生き物のように動いているみたいだ」
「……なあ、なんか嫌な予感がする」
鏡夜と俺の言葉に誰もが静かになった。
天たちの言うように、冒険なんてしなきゃよかったのかもしれない。好奇心を働かせず、ちょっとだけ覗いたらすぐ帰ればよかったんだろう。
「ふむ……こういうのは、あれだな」
朝比奈が笑う。危機的状況だというのに恐怖心を道端に置いてきたのだろうか。
怖いと言っている俺達なんて気にせず、楽しそうに言うのだ。
「あれ?」
「星空天がやっていた、ホラーゲームというものに少しばかり似ているような気がするんだ」
ホラーゲーム。
そう言われて、今までの行動を思い出す。
階段から洞窟へ入り、そうしてよくわからない扉を抜けて和室へと入っていった。
……そうか、ホラーゲームで考えるならステージが切り替わったようなものなんだろう。
声が聞こえた気がしたのは、現実だったかもしれない。
扉が開かなくなったのは、幽霊が原因?
「待て。本気で言っているのか?」
「何がだ」
「今あるこの状況がホラーゲームのようだと、お前はそう言いたいのか?」
ハッと鼻で笑う鏡夜に朝比奈がムッとした。
「私の言っていることがおかしいのか?」
「いや、現実的じゃない話だなと思っただけだよ」
「私はただホラーゲームみたいだなと言っただけだ。それに、今あるこの状況こそ現実的じゃないだろう? 行く手を阻む扉。あまりにも広い地下。こんなの異様すぎる」
「さて、どうだろうな。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってならないことを祈ろうぜ」
とにかく先へ進もうと彼は言う。彼もまた恐怖心をどこかへ置いてきたようで――――朝比奈と同じく好奇心の赴くままに行動しているような気がした。
燕と俺はただ顔を見合わせた。
でも止めることはできない。だって戻ろうにも扉は閉ざされてしまっているし、一人になるのは危ないだろうし……。
それに、鏡夜の言う通り前へ進むしか方法はない。
無限ループかと思える程度には歩いていく。
襖を開けてまた先へ進んで。少しだけ道を外れてまた周囲を確認して後ろを気にしつつ前へ。
そうしてどれくらい経っただろうか。
「……えっ」
いつものように襖を開けたつもりだった。
だというのに見えたのは大広間。
そこにあったのはいくつもの人の形をした泥人形が並べられ寝かされている光景。
大人の身長サイズに作られた長方形の藁の寝床。その上に泥人形が置かれている。数十と並べられているそれは、俺たちが歩ける程度の隙間を残して四列綺麗に寝かされているのだ。
よく見ると泥人形の中には子供サイズのものもあった。
それ以外にも何処か手足が欠けているモノもあった。頭が何かに齧られているかのような歯形がついて抉られている泥人形もあった。
まさしく異様。
思わず鏡夜たちが黙ってしまうほどの重い空気が流れる。
だってこの大広間は懐中電灯で照らして見えるぐらい薄暗い場所なんだ。
奥まで照らして、足元にいる泥人形が動いてしまったらと思うと安易に動くことが出来ない。
しかし歩かないといけない。たぶんここが終点。風も強くなってきたし、そろそろ出口に近づいているはずだと――――。
「……ねえこれ、この泥人形」
「えっ」
勇気ある燕がその泥人形に手を伸ばした。軽く泥を抉ったらしい。
その塊に何かよくわからない肉片と骨と――――髪の毛が混ざっていた。
気持ち悪いと燕がそれを捨ててポケットに入っていたティッシュで拭う。
【―――――】
何か音が聞こえたような気がした。
しかしそれは、風が流れて出来た音のようにも感じた。
大広間の奥に、巨大な鏡があった。
薄紫色に染め上げられた裏側には、彼岸花が綺麗に彩られている。鏡は割れていなく、丁寧に磨かれているようでとても美しかった。
俺たち全員を映し出すことのできるぐらい大きな鏡だった。
しかしその鏡には俺たちが映っていなかった。
【あらあら、こんなところまで迷って来るだなんて可哀そうに】
その鏡に映し出されたのは、特定のアニメでよく見るような妖精みたいな女の子だった。
彼女は俺たちを見て、可愛らしい声を出して俺たちを見て笑ったのだ。
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