第六十一話 断片
夕青の原作はすべて覚えている。回避方法だって覚えている。
大丈夫だ。きっと。
だって俺には鏡夜がついているんだから。
――――そういう気持ちを幼い頃に持っていたらと何度思ったことだろうか。
「ねえ鏡夜。子供の頃に戻れたらって思うことある?」
「……あの地下の話をしてるんならもう諦めろ。俺たちが好奇心で入った以上、その責任はきちんと負わないといけないんだ」
「そう、だね……」
冬乃に会いに行く道中、ただ俺は昔のことを思い出していた――――。
・・・・
それは燕の身体に乗り移ったと理解できた日より数年前。まだ俺たちが中学校にいた頃だった。
放課後の教室。ふと思った。努力はしたがもう無理だと思えた。
俺と鏡夜しかいないそこで、本を読んでいた彼に向かって俺は話したのだ。
「この世界がホラーゲームだった場合どうしたらいいと思う?」
「はっ?」
本当の始まりはそこからだった。
「小学校の頃に作った秘密基地あるじゃん。あそこに……えっと、魔王と四天王的なのが封印されていたんだけど俺らがその封印解除しかけてたらどうする?」
「……何だよ秋音、ゲームの話なら天とやれよ」
「違うって、本当の話なんだってば!!」
もう一人で抱えていきるのは難しく、面倒だから一緒に考えろとばかりに俺は鏡夜に全てを押し付けた。
努力はしたのだ。紅葉秋音ができることは弓矢で化け物を射貫くこと。でもそれだけでは無理だと思えた。俺が全部倒すことなんてできないと……。
ふとそう思ったのがきっかけだった。
「秘密基地に最後にいったときのこと覚えてる?」
「……地下室で閉じ込められたときのことか?」
「そうそれ! その時の幽霊騒動が全部本物だとしたら……高校でまた再会することになったら鏡夜ならどうする?」
「いやどうするって……とりあえず暇つぶしに聞いてやるから最初から話せ」
偉そうな態度で言う鏡夜にとっては暇つぶしに過ぎなかった。
俺が頭のおかしいことを喋っていても、どうせ冗談の一つだろうと長年の付き合いからそう考えていたのかもしれない。
「じゃあ、まずは秘密基地を作っていた頃の事から――――」
――――それは中学の時より幼く、まだ小学生だった頃のこと。
俺と鏡夜はよく幼馴染の皆と一緒に秘密基地を作っていた。
朝比奈家の所有する敷地内の一つ。なにも使われておらず、ただ立ち入り禁止とされている穴場。
商店街を抜けて、裏路地を通って、友達の家を通ったその先の――――木々が生い茂った場所より奥の夕焼けがとてもきれいに見える場所。
一番高くにあるそこは不気味なほどに静かで使われていない建物が崩れかけていた場所。捨てられた神社にも見えると友達の一人が言っていた。苔で薄く覆われているそこは、神秘的な空間で溢れていた。
友人の両親によって立ち入り禁止となっているそこは、秘密基地に出来そうな場所でもあった。
「私、本当はあまり家から出てはいけないと言われているんだが……遊んでもいいのだろうか……」
「良いんだよ陽葵! だってここは陽葵の家の中じゃん!」
その頃朝比奈陽葵は両親といざこざがあり、朝比奈家の長女として相応しい行いをといろいろ制限されていた。立ち入り禁止と両親に示された建物へ近づくことも駄目だと言われていた。
それ以外にも何かしら言われていたようで、陽葵は両親の言いなりになることが嫌だった。人形として生きたくはないと言っていた。だから俺たちは秘密基地と定めたその場所で一緒に遊んで、両親に見つからないよう隠れて過ごすことを繰り返し行っていた。
秘密基地っぽくするためにか、自分たちで書いた地図に目印をつけたのだ。俺たちの名前と共に。ここは秘密基地なのだから、他の人に見つかって取られないようにという幼い独占欲によって。
その目印の一番最後に書かれていたのが神無月鏡夜の名前だった。一番最初が冬乃姉さんの名前。順番はあまり決まっておらず、ただそこに名前を書くだけ書いて満足した子供の頃を思い出した。
きっと、俺の記憶を思い出すのが遅すぎたのがいけない。
紅葉秋音として生きていた俺が前世の記憶をはっきりと思い出したのは偶然だった。
それは、燕が立ち入り禁止となっていたはずの建物の地下室への出入り口を見つけたのがきっかけだった。でもまだその時は全てを思い出したわけじゃない。
ただぼんやりと、これは危ないと思っていただけだった。
俺達のいる秘密基地には古びた家具があった。蜘蛛の巣に引っかかったタンス。腐って穴が開いている座敷。襖は倒れ、足場がなかったそこを快適にするために改造しまくっていた時に見つけたものだった。
それは、腐りかけた絨毯の下に隠された木製の扉だった。両手で引っ張り上げて見えたのは、先が真っ暗で何も見えない地下への階段。懐中電灯で照らすと、その階段の先に奥へ続く扉があった。
好奇心で先へ行く燕が確認したところ、鍵はかけられていたようだったが、長年の劣化が原因で子供の俺達でも開けることが可能だった。
「地下って行っても大丈夫なのか?」
「ちょっと行って帰るだけならいいでしょ。何かあった時のために私らのうち誰か一人は上に残っていればいいよ」
そう言って、海里夏は地上に残ることにした。
その意見に賛成し、かつ「なんか嫌な予感がするんで俺も止めとくっす!」と言っていたのは星空天だった。その言葉をきちんと受け止めていく気満々だった鏡夜と燕を止められたらよかったんだろう。
「陽葵……本当に行くの? もし何かあったら……それに冬乃姉さんたちだって来てないのに」
俺はただ、陽葵を止めなくてはと思っていた。
その時は何となくやばいようなきがしたから。本当は地下へ続く階段を懐中電灯で照らして楽しそうに頑丈性を確かめている鏡夜たちも止めなきゃいけなかったけれど……。
「大丈夫だった場合は冬乃姉さんたちにサプライズで知らせたい。頼む秋音……私は箱入りお嬢様でいたくはないんだ」
「いやそういう意味じゃなくて。地下だから危ないかもだよ?」
「冒険って危険が付きものだろう。それにこの建物をまるごと秘密基地にすると決めた時から私は両親にとっての危険を冒しているようなものだ」
結局行くことになったのは鏡夜、燕、陽葵、そして俺こと紅葉秋音の四人。
四人で歩いても狭くはならず、余裕があるほど大きい階段の先にある地下の扉を開くと、また空間が広がっていた。
地下だというのに空気に何か異変が起きたように感じなかった。
ガスなどは溜まっているような気はしなかった。不意に頬を撫でるようなそよ風が来たことから、何処か外とつながっているのかもしれないと思えた。
「……広いな」
「そうだな」
俺たちがいた場所はまるで地下じゃなく地上にあるのでは錯覚してしまうような大きな通路が広がっていた。
木で造ったのだろうか。それとももっと別の何かか? 鉄などで固めたようには見えない。
草が足を覆う。虫もそこらにいた。苔も生えていた。
俺達がいる場所は、ちょっとした洞窟のようにも見えた。
「秘密基地の中の、秘密基地ってか?」
「いや全然笑えないから」
薄暗く太陽の光すら通らないため懐中電灯で照らして歩く。
カサカサとたまに何かが通る音が聞こえた。おそらく地面を這う虫の音か風の音だろうと俺たちは気にしなかった。
蜘蛛の巣を払い、奥へ続く道を抜けるとそこにあったのはまた扉だった。
でもそれは――――。
「……なんか、古びた紙が貼られてるね」
「細長い紙。いたずらか何かかな。いっぱい貼られてるね」
文字は掠れていて読めない。
七夕などで使う短冊のような紙に習字のような達筆で書かれていただろうもの。古ぼけた紙は全部途切れていて、中にはいくつか床に散らばっているのも見えた。所々に赤黒い紙も交ざっていて、何だろうと俺たちは興味を持ったがそれより扉の先が気になった。
「先行ってみようぜ」
燕の声に俺たちは頷く。
もうこうなったら手遅れだと俺は無意識のうちに諦めていたのかもしれない。
扉に引っかかる紙を全て手で破って、引き戸を全員の力で引っ張って開ける。
「……えっ?」
そこは古びた地下とは思えないほど、とても綺麗な和室だった。
窓はない。でも襖は周囲にある。壁なんて存在していない。細長い廊下の奥もその左右も全て襖がつけられていた。
足元を見たが、背後の洞窟っぽい通路のような草が生えているわけじゃない。虫もいない。蜘蛛の巣もない。埃一つもない綺麗な場所だった。
なんだか先へ行ったらもう戻れないような気がする。
怖気づいてしまったのだろう。誰もがここから先へ行こうとはしない。
「……誰かが住んでるのか?」
鏡夜の疑問に満ちたような声に俺は首を横に振った。
「いやいや。ここ朝比奈家の所有物でしょ? 陽葵、ここで誰か住んでるとか何か聞いてる?」
「い、いや……私は何も聞いていない」
案外襖の先は壁かもしれないと思ったのか、燕が勇気を振り絞って中へ入り近くの襖に手をかけた。
「……っ! ちょっとやばい。ここ凄いね。まだ先があるよ!」
「はぁ?」
「いやいやいくら何でもこれ以上先があるってやばくないか?」
襖の先はまた通路がある。その奥を照らすと襖があった。つまりまだ空間は広がっているということ。何故?
「なあやっぱり戻った方が良いような……」
「いいだろ秋音。もうちょっとだけ」
「どうせここらへんも秘密基地にするならちゃんと全部見なきゃ!」
そうして鏡夜が先へ行き、また陽葵も二人の後を追う。
こうなると俺だけが残されてしまう。それだけはいけないと思い、一歩中へ入り込んだ。
【――――――――】
耳元で何かが囁いたような気がした。
―――――ガタンッ。
「えっ」
不意だった。
突風が吹いたようには見えないが、俺が扉から離れた瞬間何故か背後にあった木製の扉が閉まったのだ。
「待って、あかない……え、何でッ!?」
「どうしたんだ秋音」
「この扉急に閉まって……開かなくて……」
「はぁ?」
全員の力で押しても開かない。
まるで扉の外で誰かが鍵を閉めたかのように。何かの力で押しているかのように。
閉じ込められたのだと理解できた俺たちは顔を青ざめた。
でも地上には二人残っている。何かあればすぐ救助が来ると分かっているせいか、少しばかり楽観的でもあった。
「ここで待っていてもしょうがないし……風があるからどこか繋がっているかもだし、歩いてみようぜ」
もうそれしか方法はないと鏡夜は言う。
それに頷いた燕と陽葵を止める手立てはなかった。
まだ俺たちは小学生だった。
幼かった俺達は何も危機感を抱いていなかった。
ここで記憶をはっきりと思い出していたなら、あの妖精と名乗った化け物達から逃げられたかもしれないのに。
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